インフラ投資・雇用法がインフラ投資家に 与える影響

2021年8月10日、米上院は、数カ月にわたる審議を経て、超党派による賛成多数(賛成69、反対30)により1.2兆ドル規模のインフラ投資・雇用法案を可決しました。法案の柱は5,500億ドルの新規支出で、残りの支出は既存のインフラ基金や他の分野からの再配賦分を財源に見込むとしています。この法案は、春に発表された「米国雇用計画」と「米国家族計画」でバイデン大統領が示した物理的・社会的インフラの課題に対する取り組みの姿勢を反映して起草された、2つの法案のうちの第1弾です。以下では、この法案が投資対象としている分野、資金調達方法、法案成立までの道のり、そしてこの法案の恩恵を受ける可能性がある投資分野について考察します。

重要なポイント:

  • 投資:輸送・交通に2,600億ドル超、クリーンテクノロジーに約900億ドル、水インフラに840億ドル、デジタルインフラとインフラ強靭化に1,000億ドル超を投資する。
  • 財源:5Gスペクトルの部分的競売、戦略石油備蓄の売却、関税引き上げ、官僚的形式主義の撤廃、経済成長などにより、財政赤字を拡大することなく支出を賄うことを目指す。
  • 制定までの道のり:社会インフラや建物、クリーンエネルギーに投資するための3.5兆ドル規模の予算調整法案の採決が行われるまで、下院に留まる公算が大きい。
  • 潜在的な受益者:建設・エンジニアリングサービス、原材料・複合材料、製品・機器、産業用輸送に関わる企業を含むインフラ開発企業が対象と見込まれる。

法案が目指す投資の内訳1

輸送・交通:インフラ投資・雇用法では、輸送・交通インフラ全体で約2,600億ドルの新規投資を見込んでいます。投資の目的は、全国の道路、高速道路、橋梁、公共交通機関、空港、港湾、水路の再建、拡張、近代化により、気候や老朽化に対する耐久性を高め、商業や旅行を促進する能力を向上させることです。

  • 道路・橋梁(1,100億ドル超) – この法案では、道路、橋梁、および関連する主要交通プロジェクトに1,100億ドルの新規資金を予定しています。これには、1960年代以降で最大の橋梁インフラへの投資となる、橋梁の修理、改修、交換のための400億ドルが含まれます。また、コネクテッドカー、センサーベースのインフラ、交通機関の統合、商取引の配送と物流、スマートトラフィック、スマートグリッドに関連するプロジェクトなど、スマートシティ関連プロジェクトへの投資も含まれています。
  • 鉄道(660億ドル超) – この法案では、旅客・貨物鉄道に660億ドルが割り当てられています。この資金は、アムトラックの拡張、増え続けるアムトラックのプロジェクトバックログへの対応、混雑している北東回廊路線の近代化と改善、新たな地域への鉄道の普及(都市間の新路線間を含む)に使用されます。
  • 公共交通機関(390億ドル超) – この法案では、公共交通機関の近代化と利便性向上に390億ドルの投資を見込んでいます。対象となる分野は、バス/鉄道車両の近代化、多くの車両のゼロエミッション車両への置き換え、公共交通機関が利用できない地域への拡大、および交通機関を支えるインフラの改善です。
  • 空港(250億ドル超) - 空港インフラの近代化と構築のために250億ドルを計上しています。資金は、空港ターミナルの収容能力やアクセス性の向上、老朽化した空港ターミナルの建て替え、航空管制塔や技術の改善などのプロジェクトに充てられる見込みです。
  • 港湾・水路(170億ドル超) - この法案では、他の交通手段との接続を支援する内陸および陸上の入港施設やインフラ分野、港湾インフラの電化と効率性改善、海面上昇、洪水、気象現象に対する港湾の強靭化を高めるプロジェクトに対し、170億ドルを拠出します。

クリーンテクノロジー/クリーンエネルギー:上院超党派の法案では、連邦政府による約900億ドルの新規支出を、クリーンで再生可能なエネルギー源への移行を支援するクリーンテクノロジー/インフラに向けることを見込んでいます。この支出には、「単体として米国史上最大規模の、クリーンエネルギー送電への投資」2が含まれています。

  • 電力インフラ/クリーンエネルギー(730億ドル超) - この法案では、クリーンエネルギー源電化の必要性に対応するための送電インフラに、730億ドルの新規投資を予定しています。これには、スマートグリッド技術や蓄電池への投資も含まれます。また法案では、グリーン水素、二酸化炭素回収技術、水力発電、風力発電、太陽光発電への投資および/または支援も示されています。
  • 電気自動車充電ステーション(75億ドル超) - この法案では、電気自動車充電インフラの整備に75億ドルを割り当てています。特に、長距離移動を可能にするために高速道路の回廊に沿って充電器を設置することや、町や都市、中心部から離れた農村地域や恵まれない地域での充電器の設置に重点を置きます。
  • 低排出バス・フェリー(75億ドル超) - この法案では、電気・低排出バスに50億ドル、電気/低排出フェリーに25億ドルの新規支出を想定しています。

水インフラ/環境再生:インフラ投資・雇用法では、クリーンウォーターインフラと環境への大型投資を軸の一つに据えており、その総額は約840億ドルに上ります。毎日、何千万人もの米国民が汚染された水を飲んでいます3。超党派のインフラ法案は、この問題に対処し、その過程で公衆衛生などの改善を目指しています。

  • 配水、水資源の確保、貯水(630億ドル) - この法案には、水インフラ整備への新規支出630億ドルが含まれています。このうち550億ドルは、配水インフラの強化や、さまざまなクリーンな飲料水への取り組み(鉛管の全面交換、廃水管理への資金提供、浄水処理・監視・持続可能性を高める技術への投資など)に充てられます。さらに80億ドルを、貯水、地下水の貯蔵、水のリサイクル・再利用、海水淡水化技術などの分野への投資に充てることが可能となる見込みです。
  • 環境再生(210億ドル) - 環境再生プロジェクトに210億ドルを投資することで、水質や公衆衛生に影響を及ぼす過去に発生した汚染による影響への対処を目指します。これらのプロジェクトには、スーパーファンドサイトやブラウンフィールドサイトの洗浄、ならびに廃坑となった油ガス井の処理などが含まれます。

デジタルインフラ/インフラ強靭化: 米国は、デジタル普及の不平等による教育格差の拡大、経済や国家安全保障を脅かすサイバー攻撃の多発、気候変動の影響の増大などに直面しています。超党派の法案が成立すれば、ブロードバンドやサイバーセキュリティなどのデジタルインフラ分野全般と物理的なインフラの強靭化に1,000億ドル以上を投じることで、これらの脅威への対処における前進が期待されます。

  • ブロードバンド(650億ドル) - この法案では、すべての米国人にブロードバンドインターネットを提供するために650億ドルを計上しており、高速ダウンロード/アップロード速度と、リアルタイムアプリケーションをサポートするのに十分な低速レイテンシーを規定しています。
  • サイバーセキュリティと強靭化(500億ドル) - この法案では、提案されている新規支出のうち500億ドルを、広範かつ特に交通、電力網、水インフラに関連するインフラへのサイバー攻撃に対する耐久性の強化に充てる見込みです。また、この支出の中から、気候変動の影響に対する物理的インフラの強靭化への投資が割り当てられます。

財源について

超党派法案では、5Gスペクトルの部分的競売、戦略石油備蓄の売却、メディケア費用拠出の延期、化学会社のスーパーファンドフィードにかかる関税や税金の引き上げ、インフラプロジェクト周りの慎重な官僚的形式主義の撤廃、法案が牽引する経済成長の取り込み、暗号資産会社の報告義務の拡大による暗号通貨取引からの税収の増加など、数々のクリエイティブな政策を駆使して財政赤字を拡大することなく支出を賄おうとしています。その他の支出は、COVID-19救済資金の使途変更、未使用の連邦失業補助金、および通常のインフラ支出基金を財源として充てる見込みです。

暗号通貨に関する規定の文言は、控えめに言っても賛否両論が拮抗する状況となっています。これは、多くの暗号通貨事業者を財務報告の対象となるブローカーとして広く定義するものですが、分散型技術には暗号通貨取引には携わらない事業者も関わっているため、実行は不可能だという見方が優勢です。文言の変更を求める修正案は、反対1票により上院で必要とされる全会一致を得ることができませんでしたが、下院で同様の修正案が提出される可能性は残されています。

ここで注目すべきは、上院の超党派法案では財源の完全確保が合意されているにもかかわらず、この法案により財政赤字が拡大するとの批判があることです。米国議会予算局(CBO)は先週、この法案によって財政赤字が2,560億ドル拡大する可能性があると発表しました4。これに対し、上院の民主党と共和党は、CBOは経済成長を計算に入れていないため、このような結果になることは想定内だと反論しました。

超党派法案の次のステップ、予算調整へ移行

インフラ投資・雇用法の次なる目的地は米国下院です。ここで、投票に移る前にさらなる討議と修正が行われる見込みです。重要な超党派法案の成立時期について、ナンシー・ペロシ下院議長は、社会・クリーンエネルギー分野のインフラ整備に重点を置いたより包括的な予算調整法案も上院を通過するまでは、超党派法案について検討しないと述べています。

しかし、調整法に関しては進展が見られます。超党派法案が可決された後、上院民主党は、教育に7,200億ドル、持ち家促進策に3,320億ドル、クリーンエネルギーに約2,000億ドル、科学技術に830億ドルを含む3.5兆ドルに加え、国民が負担可能な医療制度などの他分野への支出を含む予算決議を採択しました5。上院がこの予算決議を可決したことで、これらの支出を可能にする予算調整法案の可決に向けて一歩前進しました(超党派の支持は必要ありません)。ただし、8月23日に下院議員が夏休みから復帰した後と見られる時期には、下院民主党も決議を採択しなければなりません。ちなみにこれは、当初の計画よりほぼ1カ月前倒しとなります6。上院も9月中旬まで休会しているため、下院が決議案を可決し、シューマー上院院内総務が設定した9月15日の期限までに上院議員が予算調整法案の原案を作成する時間があります。両法案は下院を通過し、さらに追加の手続きを経て、10月中にバイデン大統領のデスクに届くと私たちは予想しています。

バイデン大統領に両法案を提出し、署名してもらうまでの道筋は明らかですが、最適な結果を確保するためには、民主党議員間の協力と妥協が必要です。調整法案に盛り込まれる政策の詳細は現段階では不明ですが、決議案と超党派法案による新規支出の合計額は、3月から4月にかけて発表された「米国雇用計画」と「米国家族計画」の合計4.1兆ドルと比較しても遜色ありません。下院の進歩的な民主党員はこれに腹を立てるかもしれませんが、春に発表された支出の大枠は、交渉と妥協が許す範囲の現実的なものよりも高い内容だったと私たちは考えています。調整法案の中でクリーンエネルギーに多額の投資が計上されていることに勇気づけられるとともに、持ち家促進策、教育、医療に割り当てられた何千億ドルもの投資が、建物やクリーンテクノロジーという形でさらなる物理的インフラに使われることを期待しています。

超党派のインフラ法案から恩恵を受ける分野を探る

米国インフラ開発から恩恵を受けると予想される分野

建設・エンジニアリング: 輸送・交通、電力・クリーンエネルギー、水インフラ、デジタルインフラに関連するインフラの計画策定、設計、建設に携わる企業は、今回の支出に支援され、収益が拡大する可能性があります。

製品・設備:上述のインフラ分野で部品となる製品や機器を製造、販売、リースしている企業は、連邦政府による大規模な投資により、追加的な収益を得ることが可能と思われます。

  • 輸送・交通:該当する製品として、アスファルト/コンクリートの混合・舗装のほか、道路、高速道路、橋梁の交通管理・標識・安全性、鉄道車両、バージ、車軸/カプラー、水路・鉄道・公共交通機関での使用、建設機械(クレーン、高所作業車、資材運搬車、土運搬車両/機器など)に関連する製品が挙げられます。
  • クリーンテクノロジー/クリーンエネルギー:該当する製品として、送電および電化(電気配線、コネクタ、絶縁体、メーター/計測システム、電力ストラクチャーと配電柱、変圧器、回路ブレーカー、エンクロージャ、避雷器・碍管、電気制御ボックスおよび関連部品など)、電気自動車充電ステーション部品、風力発電タワー構造などのクリーンエネルギー部品に関連する製品が挙げられます。
  • クリーンウォーターインフラ:該当する製品には、配水管と保護ライニング、ポンプ、バルブ、水道メーター、ろ過システム・膜などがあります。
  • デジタルインフラ:該当する製品には、データおよび関連電力伝送用の配線およびケーブル、コネクタ、接点、通信タワーおよび関連部品があります。

原材料・複合材料: 上述のインフラ分野に属するインフラを構成する原材料および複合材料(または化学物質)を生産または供給する企業は、法案で定められた支出によって新たな収益を得る可能性があります。

  • 輸送・交通:該当する材料・複合材料として、道路、高速道路、橋梁、輸送構造物向けのコンクリートおよびアスファルト、コンクリート/アスファルトのような複合材を構成したり単独で使用されたりする骨材、輸送インフラ全般で構造物や補強材で使用される鉄やアルミニウムなどの金属が挙げられます。
  • クリーンテクノロジー/クリーンエネルギー:該当する材料・複合材料には、送電に使用される銅、アルミ、ニッケル、真鍮などの金属や合金、および電気絶縁に使われるプラスチックなどがあります。
  • クリーンウォーターインフラ:該当する材料・複合材料および化学物質として、配水管に使用されるコンクリート、銅、プラスチックなどの材料、配水・貯水インフラのシーリング材やコーティング材、炭酸カルシウムなどの水処理に使用される化学物質などが挙げられます。
  • デジタルインフラ:該当する材料・複合材料には、データ伝送ケーブルに使用される銅やアルミニウムなどの金属や合金、通信タワーに使われる鉄やアルミニウムなどがあります。

産業輸送: 交通インフラに使用される製品、機器、材料を輸送する企業は、インフラプロジェクトに使用される貨物量の増加から利益を得ることができます。

  • 輸送・交通:産業輸送会社は、自社が運行する鉄道網に対し政府が何十億ドルもの資本支出を負担することに加え、鉄道網の拡大による貨物輸送の改善・拡大からも、長期的な利益を得る可能性があります。

恩恵を受けると予想されるその他のテーマ

  • モノのインターネット(IoT)および自動運転車&電気自動車のテーマが、コネクテッドカー、センサーベースのインフラ、交通機関の統合、商取引の配送と物流、スマートトラフィックなどに向けた資金拠出から恩恵を受ける可能性があります。
  • クリーンテクノロジー、再生可能エネルギー、自動運転車&電気自動車、水素の各テーマが、交通分野での電化や排出量削減の取り組みの強化、エネルギー効率の改善、スマートグリッドへの資金拠出から恩恵を受ける可能性があります。
  • 再生可能エネルギーおよび水素のテーマが、クリーンエネルギー源やグリーン水素に対する連邦政府の支援および/または投資から恩恵を受ける可能性があります。
  • クリーンウォーターのテーマが、クリーンウォーターインフラへの投資(配水、水ろ過・処理、廃水管理、海水淡水化などの新しい水抽出方法に対する連邦政府の投資を含む)から恩恵を受ける可能性があります。
  • サイバーセキュリティおよびデジタルインフラのテーマが、ブロードバンドなどのデジタルインフラへの支出拡大から恩恵を受ける可能性があります。

米国のインフラ整備への投資

米国のインフラは、慢性的な資金不足により劣化が進んでいます。インフラ投資・雇用法は、米国史上最大規模のインフラ投資を行うものであり、これが法制化されれば、今後何年にもわたってこれらの問題を解決する救済策として機能することになるでしょう。クリーンエネルギーや社会インフラへの追加支出の可能性は、これをさらに一歩進め、米国の未来を再構築することが期待されます。このような支出は、インフラ開発に携わり、米国で大きな収益を上げている企業の収益につながると私たちは考えています(その例としては、「米国のインフラ開発に貢献が期待される4つの企業(Four Companies That Could Help Develop Infrastructure in the United States)」をご参照ください)。