バイデン大統領の2兆ドル超の米国雇用計画はインフラにどのような影響を及ぼすか?

待望の2兆ドルの米国インフラ計画が明らかになりました。バイデン政権は2021年3月31日に米国雇用計画と、これを補完するメイド・イン・アメリカ税制を発表しました。今回の発表では、どの分野が投資を受けるのか、それに必要な投資額はどの程度か、その財源はどうするのかなどの大筋が明らかになりました。大まかに言って、次のような投資が計画されています。1

物理的インフラ

  • 交通インフラ(6,210億ドル)
  • 建物、学校、病院(2,500億ドル以上)
  • インフラの強靭化(500億ドル)

エネルギー、水、デジタルインフラ

  • クリーンテック、クリーンエネルギー、関連インフラ(3,000億ドル以上)
  • 水道事業(1,110億ドル)
  • デジタルインフラ(1,000億ドル)

いくつかの違いはありますが、計画の多くは2020年の大統領選挙に先立って策定されたものと類似しています(「How a Biden Presidency & COVID-19 Could Impact Infrastructure Development」をご参照)。上記に加え、高齢者・障害者介護への投資(4,000億ドル)、製造業および小規模企業支援(3,000億ドル)、イノベーションと研究(1,800億ドル)、労働力開発(1,000億ドル)も盛り込まれています。

次のセクションでは、インフラ関連の各投資分野について見ていきます。それに続き、計画を進めるための財源はどうするのか、実際どのような法案の議会通過が必要なのかについても検討します。

物理的インフラへの投資

交通インフラ: 米国雇用計画では、道路や橋、公共交通機関、電気自動車(EV)、旅客および貨物鉄道サービス、港湾、水路、空港への投資を通じて交通インフラを整備します。具体的には、計画では次のような取り組みが行われます。

  • 2万マイルの高速道路、道路、街路の建設および修理、老朽化した1万本の橋梁の補修(1,150億ドル)
  • EV購入奨励策、充電ステーションのネットワーク構築、EVおよびバッテリーのサプライチェーン国内回帰、輸送車両、スクールバスおよび連邦政府バスの入れ替えまたは電動化による米国EV市場の確立および育成(1,740億ドル)
  • 補修の遅れているバス、鉄道車両、駅、数千マイルの線路およびその他関連インフラへの対処と、公共交通の拡充による需要に対応(850億ドル)
  • アムトラックプロジェクトのバックログ部分への対処、新たな路線の建設、交通量の多い地域におけるサービスの向上を通じた旅客・貨物鉄道サービスの強化(800億ドル)
  • 港湾・水路の改善、空港の近代化を通じた商業促進型インフラの高度化(420億ドル)
  • 過去の投資が経済的境界を生み出した地域および手頃な交通手段に恵まれていない地域における一般的な交通インフラの拡充(200億ドル)

建物、学校、病院: 物理的インフラ活性化のためのその他の取り組みとして、商業ビル、住宅、学校、病院への投資が予定されています。具体的には、計画では次のような取り組みが行われます。

  • 200万件超のエネルギー効率の高い電化住宅、低中所得者向け住宅、商業ビルの建設、改良、改修(2,130億ドル)
  • 気候変動に配慮した革新的な施設を備えた公立学校、コミュニティカレッジ、保育所の近代化を通じた教育インフラの改善(1,300億ドル以上)
  • 気候変動に配慮した最先端施設の建設を通じた退役軍人病院と連邦政府建物の改修(約300億ドル)

インフラの強靭化:バイデン大統領の計画においては、既存・新規インフラが気候リスク、自然劣化、陳腐化に対して強靭性を持つことを確実ならしめることの重要性が強調されています。この関連での投資分野としては、山火事からの保護、海岸線の耐久力、耐久性のある先端材料の研究開発などがあります。そもそもバイデン大統領の計画は全体的に耐久力に優れ、気候に配慮したインフラの構築を目指していますが、こうした強靭性に関係した取り組みとして500億ドルが別途予定されています。

当社見解

不適切な交通インフラは重大な経済的損失をもたらしますが、投資によってそうした損失は回避することができます。毎年、交通渋滞で経済に1,600億ドル以上の損失が発生し、ドライバーは1,000ドル以上のガソリンを無駄に費やし、交通事故で35,000人以上の人々が死亡しています(一人当たりでは欧州の4倍)。2米国は、道路、橋、港、空港などの物理的インフラに投資し、非効率性を軽減することによって経済的損失に歯止めをかけることができます。さらに、新たな選択肢の提供、既存インフラの改善、範囲の拡大など、公共交通の機能強化により、商取引の促進や経済参加の改善が進み、全体的な生産性を向上させることができます。

同様のメリットは、商業ビル、住宅、病院に投資することによっても得られます。手頃な価格の住宅を行き渡らせれば、雇用機会は拡大し、労働者は消費に回すことのできる所得(可処分所得)を維持することができます。計画で建設しようとしている構築物の近代性から見て、それらを利用する人々の健康が改善されることによって、さらなる経済的利益が享受できる可能性があります。

こうしたインフラを構築することで雇用が創出される一方、学校への投資はさらに一歩先を進むことになります。教育面での効果が表れることによって、より多くの人々が次世代型雇用に必要なスキルを身に付けることができます。また、保育と公立学校教育の提供を通じて、幼児教育者の労働参加率は改善し、過去に退職または解雇された人々を復帰させることもできます。

主な受益者

物理的インフラの新設や改修には、アスファルト、建設用骨材、コンクリート、鉄鋼、銅などの資材が必要になります。物理的インフラの構築には建設資材や設備が必要不可欠ですが、建設・エンジニアリングサービス会社は、これらの資材や設備を利用する側です。産業用運送会社も重要な役割を担っており、インフラが最も必要とされる地域に上記のすべてを運送します。また、米国雇用計画は、米国に拠点を置き、米国で売上を計上し、すでに米国で納税している、これらすべてのセグメントの企業にメリットをもたらします。

エネルギー、水、デジタルインフラ

クリーンテックとクリーンエネルギー: クリーンエネルギーとクリーンテックへの投資は、次世代型インフラの開発から切り離せるものではありません。バイデン大統領は、電力部門の2035年までの100%カーボンフリー化を達成し、2050年までの排出量実質ゼロの目標到達に向けた道を開くことで世界に追いつきたい考えであり、これを踏まえれば、クリーンエネルギーとクリーンテックは特に重要と思われます。3こうした投資の多くには、物理的なインフラ投資が含まれています。建物、住宅、学校、病院の電化とエネルギー効率の改善のほか、EV市場の拡大には、クリーンテック・バリューチェーンへの投資が必要になります。ただし、次の計画も含め、他の分野については個別に検討されると思われます。

  • スマートグリッド技術を採用し、少なくとも20ギガワットの高電圧送電網を構築し、クリーンエネルギーの生成と貯蔵に対する奨励策を策定することにより、電力セクターを近代化。これには、連邦政府の建物向けのクリーンエネルギーの独占購入や、廃坑となった油ガス井の処理に焦点を当てたエネルギーセクターの雇用創出が含まれる(1,000億ドル)
  • テクノロジーの中でも、クリーンエネルギー、電力の大規模貯蔵、水素、二酸化炭素の回収・貯留の研究開発に投資することにより、米国を気候科学とイノベーションのリーダーにする(350億ドル)
  • 政府財源でEV、充電ポート、電動ヒートポンプを調達することにより、クリーンテック製造業を支援(460億ドル)

水道事業: 米国雇用計画には、飲料水の安全性向上を目的とした米国水道事業インフラの大規模な点検整備が含まれています。水道事業への投資目的は次の通りです。

  • 飲料水を供給する鉛管とサービス配管の全面的取替え(450億ドル)
  • 飲料水、廃水、雨水の処理プラントおよびシステムの刷新と改修(560億ドル)

デジタルインフラ: 同計画では、高速かつ将来も有効に使い続けられるブロードバンドを全土に広めるなど、インターネットインフラの拡充も目指しています(1,000億ドル)。

当社見解

クリーンテックとクリーンエネルギーへの投資は、計り知れない経済的利益をもたらす可能性があります。クリーンテックには、クリーン電力の採用と導入を可能にするインフラとテクノロジーが含まれています。近代的な送電網、電力の大規模貯蔵、そしてクリーンエネルギー源に着目したテクノロジーがなければ、次世代電力を拡大する能力は大幅に制限されると思われます。

米国の電力インフラは、すでに是が非でも生き返らせる必要がある段階にまできています。経済は停電で年間最大700億ドルの損失を被っています4。
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クリーンテックへの投資は、クリーンエネルギーへの移行を後押しするだけでなく、現在の投資不足による経済的損失を抑制してくれます。クリーンエネルギーへの移行により、設置、保守、製造で雇用機会が生み出されるほか、クリーンエネルギーの研究開発でも長期的な機会が生み出される可能性があります。米国雇用計画では、エネルギーセクターで働く人々や十分なサービスを受けていない人々のための雇用機会の創出に数百億ドルが割り振られています。

より幅広い視点からは、クリーンエネルギーとクリーンテクノロジーへの移行は、地球温暖化の75%を引き起こす大気中の二酸化炭素のレベルを低下させると考えられます5。こうした温暖化の影響としては、数十億ドル規模の自然災害の発生頻度の増大、海岸地帯の水没、致命的な熱波などがあり、直接的または間接的に経済に悪影響をもたらします。現在のペースで温暖化が続いた場合、今後80年間で1人当たりの年間GDP損失額は14%に達すると推定するシナリオさえあります6

デジタルインフラへの投資は、ブロードバンドインフラのない地域に住む3,000万人の米国人に高速インターネットをもたらします7。インターネットは、現代の生活と次世代の仕事と教育にとって不可欠な存在です。こうした投資は、十分なサービスの行き届いていない地域に住む人々に均等な機会をもたらします。長期的には、米国の知的資本の水準が全体的に上昇し、より多くの人々が次世代型職業に就く機会を得ることになるでしょう。また、米国雇用計画は、競争上の法的な障壁を取り除くことによってインターネットのコスト低減も目指しています。これにより、消費に回すことのできる所得が増加することになると思われます。

こうした分野への投資に関しては、米国は中国やその他の国に遅れをとっています。デジタルインフラやクリーンテクノロジーに積極的に投資することで、米国は次世代産業とイノベーションで主導的な地位を確立することができます。ライトの法則においては、1単位当たりの製造コストは累積生産量の関数として低下すると説明しています8。したがって、米国が世界に後れを取るEVのようなテクノロジーについては、関連国内製造業に投資することによって、価格を手頃な水準にまで引き下げ、売上を劇的に増やすことが可能と思われます。

主な受益者

クリーンエネルギーとクリーンテックのバリューチェーンに関係する企業は、米国雇用計画の恩恵を受けると思われます。こうした企業としては、再生可能エネルギーの生産者や部品メーカーのほか、送電網、エネルギー貯蔵、EV、エネルギー効率関連の事業活動を行う企業が含まれます。排出量削減を目指した取り組みでは、二酸化炭素の回収、使用、貯留、および再生可能な水素に関係する企業が恩恵を受けます。

さらに、接続や送電に関連した通信機器や半導体を製造する企業は、デジタルインフラ関連の投資により恩恵を受けることができます。
建設およびエンジニアリング会社も、米国雇用計画のこうした側面から恩恵を受けることができます。

その他の投資

イノベーションと研究: 米国雇用計画は、米国がイノベーションのハブとしての地位を再構築することの重要性を浮き彫りにしています。公的資金を投入することにより、米国を人工知能、バイオテクノロジー、先端コンピューティング、クリーンエネルギー等々のリーダーにしようとしています(1,800億ドル)。

製造業: バイデン大統領は、国内工業生産能力と半導体製造の管理に投資を行うことで、米国を再び製造業の最前線に復帰させ、サプライチェーンの確保を目指そうとしています(1,000億ドル)。その他の関連する取り組みとしては、クリーンエネルギー、ヘルスケア、医薬品、および各種研究開発について、すでに述べたものが含まれています(合計3,000億ドル)。

労働力開発: 米国雇用計画では、失業者やサービスが行き届いていないコミュニティに対し、クリーンエネルギー、製造業、介護の現場で働くために必要なスキルを習得するための次世代型教育訓練を提供する取り組みが用意されています(1,000億ドル)。

長期介護: バイデン大統領は、高齢者や障害者向け長期介護拡充のための投資を議会に呼びかけています(4,000億ドル)。

当社見解

こうした投資により、米国は今世紀の残りを通じて経済競争力を維持できると思われます。製造業の強化とサプライチェーンの国内回帰により、国内生産が増加し、生産性も上昇する一方、研究開発への投資により、米国は世界の技術進歩に後れを取ることがなくなります。また、こうした分野は短期的に雇用を生み出すとともに、高度なスキルを要する業界においても新たな機会を創出すると思われます。

米国雇用計画の遂行

米国雇用計画は、今後10年間に2兆ドル超の投資を目指しており、今後8年間にわたり毎年GDPの1%がインフラに投資されます9。メイド・イン・アメリカ税制案は、こうした取り組みを補完するための財源部分を担っています。掲げられた事項は次の通りです。

  • 法人税率の28%への引き上げ
  • 企業に対する最低税率の21%への引き上げにより、多国籍企業向け海外収益課税免除の扱いを無効化
  • 企業による海外タックスヘイブンの活用の制限
  • オフショア費用控除制度の廃止
  • 企業の会計上の所得に対する15%の最低税率の導入

また、米国雇用計画は民間セクターを活性化し、建設と開発への資金提供と参加を促すための民間投資を促進しようとしています。さらに、同計画には都市計画法の改正、官僚的形式主義の慎重な撤廃ならびに、米国に拠点を置き、米国で売上高を生み出す企業を優遇するなど、コスト削減や制約の排除のための革新的な取り組みも盛り込まれています。

大幅なコスト高となるものの、上記セクションで説明した経済的メリットは、メイド・イン・アメリカ税制案で予定されている増税を上回る可能性があります。全体的に見て、同計画により2024年までに230万人の雇用が創出され、5.7兆ドルが経済に投入され、1人当たり国民所得は2,400ドル増加するとS&Pは推定しています(この分析は同計画発表前に行われたものですが、同様の考え方に基づいたものである点にご留意ください)10

米国GDP成長率は過去20年間にわたり2%程度で推移しており、長期平均の4%を大きく下回っています11。一つの例として過去を振り返ると、米国の州間高速道路網の構築には5,000億ドルの費用を要しています。それ以来、この道路網は、1ドルの費用に対して6ドル以上の経済的生産性を上げています12。米国雇用計画には多額の費用を必要としますが、短期的、長期的にそれだけの価値があることが証明されると思われます。

法案の議会通過

ペロシ下院議長は、7月4日までに法案を通過させるという野心的な目標を立てています13。昨年の政策議論から発展した米国救済計画(別名COVID-19スティミュラスパッケージ)とは異なり、今回のインフラ法案は法律としてまとめる必要があります。7月の議会通過を目指すとしても、上院の休会を考慮すると、法案が取り上げられるのは夏後半以降になりそうです。つまり、上院通過は順調に進んだとしても9月6日のレイバーデー以降になる可能性があります。

米国雇用計画のコアインフラ部分については、規模の縮小ではなく、さらなる拡充を期待するのが妥当と当社は考えています。取り組むべき立法上の優先事項が多ければ多いほど、穏健または進歩的な民主党員が反対票を投じることは難しくなると思われます。法案は財政調整または過半数により可決される可能性があり、穏健派民主党員はどちらかと言えば財政調整を避けたいと示唆していますが、シューマー上院院内総務は2021年中に2回目の財政調整法案が提出される余地があると述べています14