ロシア・ウクライナ紛争:コモディティ、インフレ、そしてポートフォリオ・ポジショニング

ウクライナ紛争に関連してポーフォリオ・ポジショニングにおける主な懸案事項は、インフレとその実質経済成長への影響です。ブルームバーグ商品指数はロシアによる侵攻後に15.1%上昇しており、年初来(YTD)では33.7%の上昇となっています。エネルギーおよび食品関連のコモディティ価格が急激に上昇しており、WTI原油先物が120ドル/バレルを超えたほか、小麦は史上最高値を更新し、年初来で85%上昇しており、代替穀物も急伸、ブルームバーグ穀物指数がロシアの侵攻以降13.6%上昇しました。1 食品とエネルギー価格は、日常生活で最も目に付く価格であるため、インフレ予想を見極める上で重要です。

コモディティ価格の上昇が消費者物価を押し上げる

3月8日、米国政府はロシアからのエネルギー輸入に対する制裁を決定し、企業に45日間の猶予を与えました。このため、WTI原油先物が短期的に130ドル/バレル近くまで急騰しました。2 ロシアの石油輸出に占める米国の割合は1.3%程度に過ぎないので、すべての西側諸国がロシアの石油を断たない限り、ロシアに意味のある影響を与えることはできないでしょう。3 英国および欧州によるロシアのエネルギー輸入規制は1年かけて段階的に実施されるため、原油供給への即時的な影響は少なく、市場に対し調整する時間を与えます。米国がロシアのエネルギー商品に制裁を加える以前から、多くの企業が風評リスクや制裁への抵触を避けるために自発的な制裁を開始していました。そのため、価格への影響の一部は既に見られていました。

エネルギー供給契約の混乱により、WTI原油先物とブレント原油の短期契約は長期契約よりも早く上昇(逆鞘状態)しました。WTI原油先物の期近と2022年8月限の差は現在16.9ドル/バレルで、年初の2.1ドル/バレルから上昇しています。4 これは、現在WTI原油先物やブレント原油に対して大幅なディスカウントで取引されているロシアのウラル原油からのシフトによる短期的な供給不足を反映したものです。

今週の原油価格上昇により、米国の消費者はガソリン価格急騰に見舞われました。ガソリン価格は全米で0.50ドル/ガロン上昇し、全米平均で4.00ドル/ガロンを上回りました。5 これは、消費の選択に直接影響を与えるもので、自由裁量による旅行や消費を後退させます。

さらに、主食の価格上昇も加わり、事態はより深刻になっています。2020年の米国支出調査によると、支出に占める食料とエネルギーの割合はそれぞれ平均11.9%と3.4%でした。6 賃金がインフレに追いつかない限り(おそらく追いつきませんが)、購買力が今後低下していく恐れがあります。低所得者層は食料品やエネルギー価格の上昇による影響を最も受けやすく、貯蓄による余力も少ないため影響が懸念されます。

混乱を増すサプライチェーンがインフレ予想を押し上げている

インフレ予想を押し上げる要因は、コモディティ価格の上昇だけではありません。新型コロナウイルス対応の規制が緩和されることによって、2022年にはサプライチェーンが正常化すると予想されていました。しかし、ロシア・ウクライナ紛争により、供給のボトルネックが悪化し、一部のコモディティ(ニッケル、パラジウム、チタン)やその他の主要部品の入手が制限されるようになりました。パイプラインよりもタンカーによる配送を必要とする石油やガスの航路に支障が生じているほか、穀物を含むバルト海からの貨物輸送がこの紛争による影響を直接受けています。

輸入インフレが中央銀行の頭痛の種に

ロシアによるウクライナ侵攻は、世界的なインフレショックをもたらしました。米国のインフレ率は2022年も通年で高止まりする可能性が高くなっています。米国の1年物ブレークイーブンインフレ率は3.4%で始まり、侵攻までの間に5.2%に上昇し、現在は5.9%となっています。7 2月のCPIインフレ率は7.9%で、エネルギーとコモディティ価格の高騰を背景に、3月はさらに上昇すると思われます。

インフレ予想が急上昇している一方で、ロシアによる侵攻と経済成長予想の低下を受けて金利予想の幅は縮小しています。ゴールドマン・サックスは、原油価格が1バレルあたり20ドル上昇し続けると、米国と中国のGDPを0.3%、ユーロ圏の成長率を0.6%低下させると予測しています。但し、ロシアのガスが欧州に供給されなくなれば、ユーロ圏のGDPが2.2%の打撃を受ける可能性があります。8 欧州はロシアからのエネルギーに対する依存度が高いうえ、米ドル高がコモディティ価格の動きを増幅しています。これにより裁量的な消費が減退し、欧州の景気後退リスクを高める可能性があります。

市場は現在、米連邦準備制度理事会(FRB)が3月中旬のFOMC会合で25bpの利上げを実施して利上げサイクルを開始し、ECBが債券購入プログラムを早期に終了すると予想しています。各中央銀行は、景気後退の回避に努めながら、インフレ圧力を管理するという厳しい綱渡りを続けています。

不確実性に対するポジショニング

2月から3月にかけて市場のボラティリティが上昇し、VIX指数は30を超えました。9 ボラティリティは株式市場の低迷と関連付けられることが多いですが、市場が乱高下する期間には優れたチャンスが生まれる場合もあります。

戦争が長期化すればインフレと経済成長への関心が高まる一方で、早期に終結すれば景気循環の見通しが改善する可能性があります。全体として、ディフェンシブで質の高いポジショニングを積み上げつつ、インフレ防衛を行うことが重要だと私たちは考えています。

  • コモディティや、エネルギー、素材、不動産などといった特定の主要セクターへのエクスポージャーは、ある程度のインフレ防衛になる可能性があります。
  • 経済成長を必要とする景気循環セクターは逆風に晒される可能性が高い一方で、慎重さを増しているFRBが成長性の高いセクターの支援に向かうと思われるため、バリューとグロースのバランスが重要になります。
  • 生活必需品、ヘルスケア、公益事業などのディフェンシブセクターは、紛争が長期化しても持ちこたえることができると思われます。
  • 高品質な銘柄はサイクル後期でアウトパフォームする傾向があります。ボラティリティの上昇、地政学的な不確実性、タカ派色を増すFRB、企業収益の伸びの鈍化などが、現在の市場における重要な注目点であると考えます。企業の見通しは2014年以降10 で最も弱い水準にあり、ロシアから撤退する企業は収益に短期的な悪影響を受ける可能性があります。
  • 米国の経済および市場は、欧州よりも乱高下に対する耐性を持っている可能性が高いと見ています。これまで数年にわたって賃金上昇率が低水準で推移したこととインフレ圧力が米国よりも高いことから、欧州のマージン圧力は米国よりも高くなる可能性があります。

混乱はチャンスを生み出します。現在のエネルギー危機は、エネルギー自立に対する関心を高め、再生可能エネルギーや代替エネルギーへの投資を増加させる可能性があります。さらに、今回の危機により、脆弱なサイバーセキュリティシステムとプロセスがもたらす未知のリスクに注目が集まっています。これにより、サイバーセキュリティへの関心が高まり、導入が進むと考えられます。

市場は依然として不安定ですが、引き続きチャンスはあると考えられます。