リチウムは、現在および次世代のバッテリー技術で中心的存在であり続ける
家電製品、エネルギー貯蔵、そして特に電気自動車(EV)の需要が急増する中、バッテリー技術が注目されています。EV向け電池の化学組成には大きな違いがあり、電池メーカーは性能の最適化を目指して様々な組み合わせを試しています。しかし、商業的に実現可能なEV向け電池の設計にはリチウムという共通項が存在しています。リチウムは、現在の用途にとどまらず、次世代技術においても、電池のサプライチェーンにおいて突出した重要性を持つものと思われます。特にモビリティの分野では、こうした技術の発展がリチウムやバッテリー技術に携わる企業にとって、魅力的な機会を生み出し続けると考えられます。
本稿は、Global Xの代表的リサーチ資料「Charting Disruption」の今年度版を掘り下げたシリーズの一部です。
重要なポイント
- リチウムは、現在のリチウムイオン電池の正極に必ずと言っていいほど使用されています。
- バッテリー技術の次の大きなイノベーションと目される固体電池においては、正極、負極ともにリチウムが使用されると見られています。
- リチウムイオンに代わる市場は存在しますが、そうした技術がリチウム需要を大きく毀損させることはないと思われます。
現在の電池においてリチウム需要を牽引するのは正極材
現在市場に出回っている純粋な電気自動車やプラグインハイブリッド車は、ほぼ全てがいずれかの種類のリチウムイオン電池を必要としています。リチウムイオン電池は、ニッケル水素電池や鉛酸蓄電池などの再充電可能電池と比べてエネルギー密度が高く、自己放電が少なく、寿命が長いという特長を持っています1。また、リチウムは適切な条件下で容易に電子を放出することから、化学的に理想的な金属と言えます。この性質は電池内の電荷を管理するインターカレーション反応に必要なものです。端的に言えば、リチウムイオン電池は、軽量の容器内に相当量のエネルギーを蓄えることができ、商業的に実現可能なEV向け再充電特性を有しています。
リチウムイオン電池は、正極、負極、電解液、そしてセパレーターが主な構成要素となっています。現在の設計では、ほとんどの場合、正極は電池がアイドル状態にある間に、リチウムを蓄えます。正極は航続距離を決定し、電池全体のコストの大半を占めることから、EV用電池は一般的に正極材料で分類されています2。現在、主な正極として、ニッケル系とリン酸鉄リチウム(LFP)の2種類があります。ニッケル系正極はエネルギー密度が高いため、高速走行や航続距離を延ばすことが可能です。
事実、近年、EVの人気を高めた航続距離の向上は、ニッケル系電池の技術革新によるところが大きいと言えます。しかし、充電インフラの普及を受けて、従来型LFP技術もシェアを取り戻しつつあります。LFPの航続距離は短いものの、充電を簡単に行えるようになったことで、低コストや長寿命といった特徴により優位に立つことも可能になりました。
現在、EV用電池に用いられる化学組成としては、LFP、NMC811、NMC622の3種類が最も一般的です3。これら3種類合算で、世界のEV全車種に搭載されている正極の約75%を占めています4。本節と下表で取り上げている正極すべての化学組成は、いずれもリチウムを必要としているという点で重要です。
固体電池技術においても、リチウム需要は維持される見通し
自動車メーカーやスタートアップ企業数社が、次世代EV用バッテリー技術の先駆けとして注目される固体電池の技術開発にしのぎを削っています。固体電池では、現在のリチウムイオン電池で使用されている液体電解質とポリマーゲルセパレーターに代わって固体セパレーターを使用します。固体電池が全面的に実用化された暁には、急速充電、航続距離の拡大、長寿命化、安全性向上などのメリットが期待されます5。固体電池の設計においては、多くの場合、セル全体で大量のリチウムが使用されます。
固体電池では、一般的に従来のリチウムイオン正極が利用されますが、QuantumScapeやSolid Powerなどの固体電池大手企業の設計では、負極材料が根本的に変更される可能性があります。こうした企業が開発中の固体電池の設計においては、従来の負極は細長いシート状のリチウム金属に置き換えられます。現在、負極にリチウムを使用しているリチウムイオン電池は1%にも満ちません6。負極の大半は現在、天然または合成グラファイトを使用しています。負極にリチウム金属を利用することで、エネルギー密度を高めることが可能であり、容器のサイズとコストも削減することができます。自動車メーカーはすでに固体電池のテストを実施しており、早ければ2025年にもEV市場に投入される可能性があります7。
リチウム代替品にはそれなりの役割はあるが、リチウム需要を後退させることはない
リチウムの直接代替品の中には、電力網やモビリティ分野の電化で補完的な役割を果たすことができるものもあります。ナトリウムイオンは、リチウムを用いない同等のバッテリー技術の一例です。中国のバッテリー技術企業であるHiNa Batteryは、唯一の商業規模のナトリウムイオン工場を2022年11月に稼働させました8。HiNaが生産する電池のエネルギー密度は145Wh/kgですが、現在EVに搭載されている大半のニッケル系電池の200~275Wh/kgを大幅に下回っています9,10。さらに開発を進めたとしても、ナトリウムイオンの重量エネルギー密度は、将来の正極や固体電池は言うまでもなく、現在の最先端リチウムイオン電池をも下回ると思われます11。したがって、ナトリウムイオン電池は、EVではなく、エネルギー貯蔵や小型電子機器に使用される方が現実的と考えられます。
水素燃料電池も脱炭素化では重要な役割を果たしています。水素燃料電池は、水素と酸素を混合して化学反応させ、電気を発生させます。この場合、副産物は熱と水蒸気のみです。水素はすでに一部の軽量燃料電池自動車(FCEV)の動力源となっています。しかし、燃料電池が活用されるのは、ほとんどの場合、大型輸送機関や定置型電源であると予想されます。応用の範囲が拡大すればするほど、水素のような軽量燃料を使用することの比較優位性も高まると思われます。電池は、その効率性、業界の勢いのほか、既存インフラや計画中のインフラから見て、これからも軽量車の電化に適した技術であると考えられます。参考までに、国際エネルギー機関の推計によると、EVの2030年までの販売台数は累計で約3億5,000万台に達すると見られていますが、FCEVは累計600万台にとどまる見通しです12,13。
結論:リチウムは今後もバッテリー技術の標準であり続けると予想される
現在のLFP正極やニッケル系正極にしろ、次世代の固体技術にしろ、リチウムに代わるものがすぐにでも出現することはないと思われます。ナトリウムイオンや水素といった代替技術は脱炭素化を進める上で役立つかも知れませんが、特に電気自動車の分野では、こうした技術がリチウムイオンに取って代わることはないと考えられます。