バイデン政権と新型コロナウイルスがインフラ開発に及ぼす影響

インフラ(インフラストラクチャー)は我が国の物理的なバックボーンであり、経済の重要な要素でもあります。インフラは私たちの住む都市や町、道路、橋梁、港湾、空港などを含み、雇用を創出し、商業を活発化させるものです。当社は1月に米国インフラを再建する重要性およびこれによって投資家が得る機会について3回連続シリーズの市場レポートを発行しました。このレポートでは、資金不足の状況と資金不足になっているインフラは何か将来のインフラがもたらす結果はどんなものか、そして、インフラ建設に必要な資金調達および改革について検討しています。当社のインフラに対する見解は変わらないものの、1月以来多くのことが発生し、再評価が必要となりました。

  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2019年末に発生し、3月には全地球規模のパンデミックまでに拡大し、今日でも依然として私たちが苦しめられている問題です。このパンデミックによって感染者数は約5,900万人、死亡者数は約140万人(2020年11月23日現在)にのぼり、世界各国は感染症を封じ込めるために程度の差はあれども経済活動の停止措置を余儀なくされました。1 米国ではこうした措置と引き換えに計り知れない犠牲を払うことになり、約4,000万人が仕事を失い、多くの企業が廃業しました。この打撃は現在も続いています。2 米国政府はこのような打撃を最小限に食い止めるために一連の救済策を講じましたが、その結果として2020年度の財政赤字見通しは約400%に拡大し、事実上のゼロ金利政策が導入されました。3
  • 11月初旬には、2020年米国大統領選挙において前副大統領のジョー・バイデン氏の勝利が確実となりましたが、民主党が下院の過半数を獲得する一方で、共和党が上院の過半数を維持しているため、1月にジョージア州で決選投票が行われるまでは選挙の行方が保留となっています。選挙では投票率が1908年以来の最高水準と、特に大統領選において予想を上回る接戦の展開となり、米国有権者の現在のイデオロギー的分断を浮き彫りにしました。
    バイデン氏の勝利によって米国の新時代を率いる新たなリーダーが誕生したものの、この時代における政府は党派を超えた政治を行うことが求められ、深く分断した国家においては困難な仕事となります。

当面、2020年のイベントは米国民の生活のあらゆる側面に影響を及ぼし続けるでしょう。インフラも例外ではありません。米国のインフラを再建する必要性はこれまで以上に差し迫った課題となっていますが、新たな政権の確立、低金利、先行き不透明なパンデミックの状況を考慮すると、インフラ問題に取り組む方法もこれまでとは異なってくる可能性があります。

現在のパンデミックによってインフラ計画がどのように変わるのか?

長年にわたる都市化の構造的傾向はインフラ開発計画において重要な情報となります。都市の人口集中や不規則な郊外への拡大によって、これに対応する物理的構造物がますます必要とされるようになっているからです。しかし、COVID-19によってこの傾向は逆風に直面することになりました。世界各国でステイホームおよびソーシャルディスタンスの命令が出されたことから、都市に住むメリットを考え直す者が増えました。パンデミックによる大規模な都市脱出は起こっていないものの、米国のニューヨークやサンフランシスコなどの人口が密集した大都市ではパンデミック期間中に移住者数が急増しています。3月から6月までの期間に都市からの移住を検討している者は都市への移住を検討する者に比べ80%多く、5月から8月までの期間にニューヨーク市からの移住希望者は前年に比べて45%増加しています。4 この人口流出傾向によって都市が消滅するとまでは考えられませんが、大都市、衛星都市、地方都市の人口分布状況が変化するにつれ、以下に述べるように、物理的インフラやデジタルインフラに対する需要も変わってくるでしょう。

  • パンデミック収束後の世界において他人との距離が問題となるワンルームのアパートやオフィスは存続が厳しくなります。今後のインフラ建設は占有率の最適化(「少ないほうが良い」)およびレジリエンスを念頭に置くことが必要となるでしょう。すなわち、ソーシャルディスタンスなどの予測できない状況に対応する一方、都市をイノベーションセンターとする協調環境の促進を維持するインフラの建設や改造が必要とされます。物理的インフラに関しては、空間をさらに動的に利用できるようなモジュラー型が必要とされるようになるでしょう。例えば、ニューヨーク市の多くの通りはCOVID-19の拡大を制限するために戸外ソーシャル活動の場として利用されています。デジタルインフラに関しては、接触追跡などの感染防止策としてスマートシティ・テクノロジーが有用であることが分かるようになるでしょう。
  • 公共輸送機関は感染拡大を抑制する一方で効率化を図るための全面的な整備が必要となるでしょう。最近の調査によると、ニューヨークのバス・地下鉄に従事する労働者の24%がCOVID-19に感染しているそうです。5 解決策としては、公共交通手段の分散化や水上タクシーといった新たな交通手段の導入、地下鉄の貫通路の開放(スペースが最大10%増)など改修が挙げられます。6 また、IoTや人口知能(AI)を活用し、公共交通機関の乗客を制限し、ソーシャルディスタンスを維持するような運営の最適化を図ることもできます。
  • パンデミック勃発時は、ステイホーム命令が発令されたことで、多くの労働者が在宅で仕事をするためにクラウドコンピューティング・テクノロジーに頼っていました。現在、オフィス勤務が再開されたものの、在宅勤務の試みが成功したことで、企業の多くがこれまで以上にフレックス勤務体制の導入に積極的な態度を示しています。例えば、Facebook、Twitter、Slackなどの企業は恒久的に在宅勤務を許可するようになっています。また、デジタルインフラが充実していない地域はパンデミックの状況下で経済的な打撃を被っており、今後はこのような損害の進行を避けるためにもデジタルインフラの充実化が重要となるでしょう。クラウドリソースに対する需要が拡大し続けるため、クラウドコンピューティングを機能させるためのデジタルインフラやハードウェアの忘れられがちなバックエンドネットワークも規模を拡大する必要が出てきます。

バイデン新政権がインフラ開発に及ぼす影響

バイデン次期大統領は、経済政策の重要な柱として、またCOVID-19対策として、積極的なインフラ投資を重視したプラットフォームを支持していました。バイデン氏が公表したクリーンテクノロジー/インフラの2兆ドル投資計画は、コマースを促進し、米国民の生活の質を向上させるような物理的インフラの建設・改造によって景気刺激と労働者の雇用創出を図るものです。また、2050年までに温室効果ガス排出量実質ゼロを達成するためのエネルギーインフラへの移行、さらには、米国が今日のデジタル時代を率いるリーダーであり続けるためのデジタルインフラのアップグレードも目標とされています。7 その詳細については以下の通りです:8,9

物理的インフラ

  • 米国の高速道路、車道、橋梁の再建・改良。そのようなインフラを所有している州、都市、町に連邦資金を支給するほか、連邦道路信託基金に出資する。
  • 乗客や貨物を輸送するための港湾、内陸水路、鉄道などのコマース促進インフラを再活性化する。目標としては、米国内の高速鉄道を拡張し、連邦資金によって10万人以上の居住者を有する都市に温室効果ガスを排出しない公共輸送手段を提供することが挙げられる。
  • ビル400万棟の改造、住宅200万棟の補強、持続可能な住宅150万棟の建築によって米国内インフラのレジリエンスを改善する。
  • 水道管、下水管、処理場を修理・交換し、水質管理テクノロジーを統合することにより、清浄で安全な飲料水を確保する。

クリーンテック

  • クリーンエネルギー、CO2の回収・有効利用・貯留(CCUS)テクノロジー、スマートグリッド、定置型電力貯蔵への投資により、2035年までに電力セクターの脱炭素化を目指す。
  • 電化テクノロジーおよびエネルギー効率化テクノロジーへの投資により、2035年までに国内建築物のカーボンフットプリントを50%削減する。これには持続可能な電化製品やクリーンエネルギーのオンサイト発電も含まれる。
  • 2030年までに電気自動車の充電ステーション50万台建設に投資し、電気自動車の購入に対する税優遇制度を整備することにより、輸送セクターの電動化およびCO2排出量の削減を目指す。
  • 電動化、CCUS、クリーンエネルギーに投資することにより、低炭素製造セクターを発展させる。

デジタルインフラ

  • 過疎地におけるブロードバンドへのアクセスを拡大することにより、全国民が高速インターネットを利用できるようにする。そのためには莫大な連邦資金、ブロードバンド関連職の提供、国有ネットワークの構築を望む都市や町への支援、国有電気通信リソースの提供、FCCとの協働によるブロードバンドプロバイダー数の拡大が必要。
  • インフラにおけるテクノロジーとデータを統合し、イノベーティブな都市計画戦略やスマートシティ・テクノロジーに出資することにより、スマートシティの本格的展開を支援する。

今後の展開

民主党が連邦議会を制覇する「ブルーウェーブ」が起きなかった場合、次期大統領がこの計画をどのように実現させるのかと疑問に思う者は多いはずです。これはもっともな疑問ですが、当社は、バイデン次期大統領には目標を達成するための切り札がいくつかあると考えています。

  • 失業率は依然として高水準にあり、現在の感染者数の多さからロックダウンが再度宣言される可能性があるため、追加のCOVID-19救済策が必要となっています。当社はバイデン政権の最初の数ヵ月でインフラ投資が救済計画に盛り込まれるよう推進されるとみています。2009年の当時、副大統領を務めていたバイデン氏は「2009年アメリカ復興・再投資法(ARRA)」の制定を主導しました。同法は世界的金融不況を受けて成立したもので、インフラ投資に1,050億ドルを配分することが決定されました。10 クリーンエネルギーにおける膨大な雇用創出の可能性やインフラ投資に対する超党派の支援を考慮すると、この計画が成功する見通しは明るいように思われました。
  • 大統領令の発令は、議会が承認しなさそうな政策を迅速に成立させるために大統領の裁量でよく使われる手段ですが、バイデン次期大統領はパリ協定への再加盟、および「気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク(NGFS)」へのFRBの加盟を実現させるために、この手段を利用すると発言しています。そのほかに、オバマ政権時のクリーンパワープランの再制定や、化石燃料産業との取引の開示を銀行に求めるドッド・フランク法条項の執行にも大統領令が発令される可能性があります。そのような手段は連邦政府機関が取り扱う規制の制定には有効ですが、たいていの場合、連邦政府機関には多額の資金にアクセスする権利がありません。
  • 各大統領は就任時に行政組織や機関の人事を掌握することができるため、バイデン次期大統領は気候・インフラ課題を優先して行政機関の官僚を指名することが予測されます。これには、CO2排出、エネルギー利用、気候行動に関する政策策定を担当する環境保護庁、運輸省、エネルギー省の長官といった直接的に関わる役職、さらには、連邦機関の統制を図る重要な役割を担う大統領首席補佐官や行政管理予算局長といった幅広い役職、法律や経済体制を司る司法長官、財務長官、商務長官などの要職が含まれます。閣僚については大統領による任命の後で上院の承認を必要とするため、バイデン次期大統領が特定の役職に関して共和党に妥協せざるを得ない局面も予想されます。

恩恵を受ける企業

物理的インフラやクリーンエネルギーインフラの新設・改造が行われることで、建築や輸送に必要な原材料(アルミニウムなど)、コンクリートの主要原料であるセメント、電化に必要な銅、エネルギー貯蔵に必要なリチウムなどが大量に必要となることが想定されます。ダウンストリーム面では、物理的インフラの向上やクリーンエネルギー設備建設に関与する企業は、クリーンテック・バリューチェーンにおける建設・エンジニアリング、重機製造、部品製造に関わる企業も含め、多額の投資を行うことにより多くの利益を得ることができるでしょう。また、データセンター、セルラー、オンライン接続のバリューチェーンに関与する企業もデジタルインフラを拡張することにより大きな見返りを得ることができるでしょう。

結論

2020年当初、当社は大統領選挙によってインフラ開発が重要視される可能性が高いとみておりましたが、COVID-19パンデミックの発現によってその予想は当たりませんでした。しかし、だからといってインフラ投資の必要性が減るものでも危ぶまれるものでもありません。事実、当社は、2020年のイベントによってインフラ開発案件が強化され、米国における次世代インフラのあるべき姿が明確になったと確信しています。ジョー・バイデン次期大統領および連邦議会の新メンバーが2021年に就任した暁には、物理的インフラおよびデジタルインフラの再構築に向けて、国レベルの刷新された取り組みが行われるであろうと予測しています。