中国の「独身の日」を読み解く5つのキーワード
中国の「独身の日」は、世界で最も重要なビジネスイベントの一つであり、その勢いはしばしば米国の「ブラックフライデー」を凌駕するほどです。当初、1990年代に南京大学の一部の大学生たちの間で始まった小規模なイベントだった「独身の日」は、2000年代後半には壮大な規模のショッピングホリデーへと発展しました。毎年、タオバオ、Tmall、JD、ピンドゥオドゥオなどといったオンライン・プラットフォームが、急成長する中国の中流階級の消費者を獲得すべくしのぎを削ります。2020年には、アリババとJD.comが販売した流通取引総額(GMV)の合計が1,150億ドルに達しました。1
本稿では、2021年の独身の日に影響を与えている、現在のトレンドを検証したいと思います。
重要なポイント:
- インフルエンサーがライブ配信で商品を紹介する「ライブコマース」が、ここ数年で急激に増加している。新型コロナウィルスがその流れを加速させた。2021年10月20日、2人のインフルエンサーがタオバオで12時間のライブストリーミングを行い、28億ドルを稼いだと報じられた2
- 何億人もの消費者に荷物を届けるためには、戦争のような努力だけでなく、「スマートでグリーンなロジスティクス」が必要である。アリババが「独身の日」に配送した荷物は、2013年では2億個だったが、2019年には13億個に上った3
- 規制当局は、資本拡大に対して「交通信号」を議論しているが、これは主に、2021年を通し盛んに報道された独占禁止に関する調査のことを指している。この結果、2021年の「独身の日」の競争展望が変わる可能性がある。
- 「种草(zhongcao/草を植える) 」は、消費者が自ら購入した商品をソーシャルメディア上で紹介することを指す用語である。アリババがこの「种草」という発想で独自のキャンペーンを展開する一方で、競合他社は各自独創的なキャンペーンを推し進めている。
- 消費者が購入前に手付金を預け、購入後に残額を支払うといった、新たな資金繰りの選択肢がますます一般的になっている。若い消費者は、衝動的な買い物をする自分たちを「バランスペイヤー」だと自嘲気味に呼ぶ。
中国が世界最大のEコマースイベントに向けて準備中
「独身の日」は、1993年に南京大学のキャンパスで、バレンタインデーから取り残された独身学生のための伝統行事として始まったとされています。このキャンパスの伝統は中国全土に広がり、非公式の祝日になりました。2009年、アリババの杭州本社の会議室で同社のストラテジストたちが、「独身の日」は大量の割引販売イベントを実施する理想的なタイミングではないかと考えました。アリババが打ち出した最初の「独身の日」買い物キャンペーンは大成功をおさめ、その後、毎年恒例の行事になりました。
この「独身の日」を買い物の一大キャンペーンに押し上げた企業として、アリババは大きな恩恵を受けています。同社の中国国内におけるEコマースの年間売上高は、2009年の12億ドルから2020年には520億ドルと、約62倍に成長しました。4しかし、アリババは現在、独自のマーケティングキャンペーンでホリデーシーズンを新たな方向に導こうとする、手ごわい競合との闘いに直面しています。
このチャートでは、独身の日のGMVは11月1日から11月11日までの10日間を対象とし、タオバオとTmallのGMVを合算している。この短い期間に多額のGMVが偏って計上されていることがわかる。
本年の買い物キャンペーンで注目すべき主なプラットフォームには、タオバオ(アリババ)、Tmall(アリババ)、JD.com(ジンドン)、拼多多(ピンドゥオドゥオ)などが含まれます。また、抖音(ドウイン)、快手(クアイショウ)、小紅書(シャオフォンシュウ)などといった動画共有やライブストリーミングのプラットフォームも見逃せません。これらは最近、ライブコマースにも進出しています。
2009年から2018年にかけて、スマートフォンの普及、4Gの普及率の上昇、アリペイやウィーチャットペイなどといったフィンテックツールの日常生活への浸透が、中国のEコマースの在り方を劇的に変えました。2019年以降になると、ライブコマースや独占禁止の規制など、いくつかの新しいトレンドにより、「独身の日」がさらにその姿を変えています。
「ライブコマース」:インフルエンサーがEコマースを席巻
2015年から2016年にかけて、中国ではライブストリーミングサービスが双方向エンターテインメントとして人気を博していました。このトレンドを把握したアリババは、2016年にタオバオライブを開始しました。それまでは、動画共有サイトで商品レビュー動画を閲覧するのが一般的でしたが、ライブ配信によってそれまでにはなかった新たな双方向性が生まれました。ライブコマースでは、何千人もの視聴者がKOL(キーオピニオンリーダー)に質問を投げかけ、KOLは実際に商品を手に取りながらリアルタイムで回答することができます。
おそらく最も重要な点は、これらのライブコマースのプラットフォームでは、KOLが話している間に製品へのリンクを視聴者に直接プッシュできることです。これにより、KOLが視聴者を購入者に変えることができるチャンスが生まれます。中国の市場規模は膨大なので、1つのライブストリームが成功しただけでも驚くほどの力が発揮されます。タオバオのデータによると、10月20日に2人のインフルエンサー、李佳琦(オースティン・リー)と薇婭(ヴァイヤ)が12時間のストリーミングを行い、合計で28億ドル以上に相当する額を稼ぎました。5
新型コロナウィルス危機の発生は、2020年の「独身の日」を目前に控え、ライブコマースをさらに成長させるきっかけとなりました。初期の感染拡大時には、外出ができなくなった中国の消費者が、ライブコマースを通して双方向のショッピング体験を再現して楽しんでいました。当初の感染拡大が収まった後は、小規模な感染拡大が各所で散発的に発生し部分的なロックダウンを余儀なくされたため、家に籠ることを選択する人が増えました。そして、第3四半期直後にデルタ変異株が発生し、国内旅行への意欲が減退するなかで、2021年の「独身の日」が到来しました。
「グリーンロジスティクス」:戦闘態勢に入る物流企業
何億人もの消費者に荷物を届けるという膨大な作業は、物流企業にとって課題であると同時にチャンスでもあります。これらの企業努力を表現する際、メディアはしばしば、戦争を連想させる言葉を使います。幸いなことに、AI、ロボット、ビッグデータ分析などの新しいテクノロジーの相乗効果により、この業務ははるかに対処しやすくなっています。スマートロジスティクスの導入は、これまで「独身の日」を変えてきましたし、そしてこれからも変えていくトレンドと言えます。
また、「独身の日」の物流がスマートになるにつれ、グリーン化も進められています。これに関しては、中国快递協会(China Express Association)の指導のもと、順風(シュンフェン)、蘇寧物流(スニンロジスティクス)、ツァイニャオ(アリババの物流部門)などといった大手宅配会社が、今年の「グリーンな独身の日」のための誓約書に署名しました。6アリババもまた、Tmallで15.6百万ドルのグリーンバウチャーを提供し、ツァイニャオで大規模なリサイクルキャンペーンを展開することで、コミットメントの姿勢を示しています。7
中国北東部の電力不足により、環境問題や持続可能性がクローズアップされており、「グリーンな独身の日」の取り組みにはより厳しい精査と説明責任が求められる可能性があります。
「交通信号」:Eコマースの大手企業が独占禁止政策に対応
2021年は、中国の消費者向けインターネット企業にとってだけでなく、中国投資に関わる幅広いの世界にとっても重要な年でした。アリババや京東(ジンドン)などの大手ハイテク企業に対して実施された独占禁止に関する調査は、8月に行われた習主席の「共同富裕へのパラダイムシフト」という演説と同一線上にあるものです。とりわけ規制当局は、独占拡大を管理するための「交通信号」システムの設定に言及しています。8
今年の「独身の日」は、「共同富裕」へのパラダイムシフト後、Eコマースに対する大掛かりな独占禁止措置が実施されてから初の開催となります。「共同富裕」への移行により、今年は持続可能性と社会への貢献がより重視されることになります。
アリババは4月、独占禁止に関する調査によりオンライン販売業者に対し1つのEコマースプラットフォームのみを選択して利用することを強要するなどの不公正な行為を行っていた旨で、28億ドルもの罰金を科せられました。Eコマースプラットフォーム間で何年にもわたって論争が繰り広げられ、加盟店からも苦情が寄せられてはいましたが、今回のアリババへの制裁金には「2つのうち1つを選ぶ」というやり方はもはや認められないという明確なメッセージが示されています。今年後半、規制当局はハイテク企業に対し、競合他社からのリンクをブロックする行為をやめるよう通達しました。9これを受けて、テンセントは今後、同社のプラットフォームであるウィーチャット上で、Eコマースサイトを含む競合他社へのリンクに対する制限を緩和する見込みです。この独占禁止キャンペーンにより、今年の「独身の日」とその後の競争条件が、多少は平等化されるのかもしれません。
「种草(草を植える) 」: ソーシャルメディア・ネットワークが、ショッピングトレンドを増幅させる
購買を勝ち取るための戦いは、多くの点で消費者の注目を勝ち取る戦いでもあります。ですから、ソーシャルメディアが主戦場となりつつあるのは、自然なことと言えます。各企業とも、独創的なマーケティングキャンペーンによって、「独身の日」という熱狂のショッピングホリデーを自分たちの方向に引き寄せる方法を模索しています。
アリババの 「种草(草を植える)」キャンペーンは、その好例です。「种草」とは、オンラインユーザーが商品を購入した後、ソーシャルメディア上の自身のネットワークに対しそれを推薦する行為を指します。一方、スラングの 「拔草(bacao/草を抜く)」は、オンラインユーザーがそれらの推薦を見て、時に衝動的に購入することを意味します。
アリババは今年、タオバオに 「种草マシン 」という機能を追加しました。ユーザーが検索バーに買い物のニーズを入力すると、インフルエンサーやオンラインセレブ、スタンダップコメディアンによる「种草」の動画や投稿が次々と表示されます。この機能には、宝くじやチャリティ募金なども含まれています。
「バランスペイヤー」: 新しい支払い方法が若い消費者を魅了
ここ数年、Eコマースのプラットフォームは、消費者に購入ボタンを押してもらうために複数の新たな決済方法を導入しています。その一例が、消費者が「独身の日」の前に手付金を支払い、残高を後から返済するという分割払いの方法です。この手法は、欧米のEコマース大手が導入し成功している、BNPL(Buy Now Pay Later/後払い決済)と呼ばれる決済方法に似ています。2020年に、ソーシャルメディアのウェイボーで、「バランスペイヤー」という意味のネットスラングが流行しました。これは、バランスペイメント(残高後払い)スキームに頼りすぎて、後になって後悔する若い消費者のことを、冗談まじりで呼ぶ言葉です。
バランスペイメントスキームの利用は何年も前から始まっており、2021年に限ったことではありません。フィンテックという側面から2021年が特徴的だったのは、「デジタル人民元(eCNY)」の登場でしょう。デジタル人民元とは中国人民銀行が発行するデジタル通貨で、その価値は人民元に連動しています。2021年を通し、中国政府は、国民に対しデジタルウォレットアプリをダウンロードして、取引にeCNYを使うことを奨励してきました。デジタル人民元は、まだ広く普及しているとは言えませんが、Eコマースに欠かせないアリペイやウィーチャットペイのような有力なフィンテックツールに競合する可能性を秘めています。
結論
規制が大きく変化し、予期せぬ困難の中で経済回復を維持しようと努力した1年ではありましたが、「独身の日」は今後、中国のEコマースと消費パターンの将来を示唆する良い指標となっていくことでしょう。ライブコマース、新しい決済スキーム、グリーンロジスティックスなどといったトレンドによって、ここ数年で「独身の日」は新たな形に生まれ変わりました。これらのトレンドが引き続き影響を与える中、今年は際立った年になると思われます。というのも、独占禁止に関する大きな影響を与える動きと「共同富裕」へのシフトがあるからです。これらのトレンドの影響と、第3四半期および第4四半期の予期せぬ逆風により若干不透明ではあるものの、アリババの「独身の日」のGMVは、2020年の741億ドルから今年は850億ドルに拡大すると予想されています。18