フィンテックの動向:M&Aとモバイル決済が最近の成長を牽引
フィンテック企業は、多くが伝統的銀行セクターに属さないテクノロジー企業から派生し、独自の能力を駆使して従来の金融サービスを拡充ないし一変させています。既存の金融サービスの業態を創造的破壊(ディスラプト)する多くの新テクノロジーが導入された分野には、モバイル決済、クラウド・ファンディング、ブロックチェーンおよび暗号通貨、P2Pレンディングおよびマーケットプレイス・レンディング、金融・保険用ソフトウェア、ウェルステック等があります。本記事では、フィンテック分野で金融業界における既存の枠組みの破壊を引き起こす主な牽引役や業界の動きについて探っていきます。
要点:
- フィンテックは急成長が続いているが、全体としてみると浸透率は依然低く、今後ディスラプトされる市場規模は大きい
- フィンテック関連のM&Aは増加傾向にあり、2019年だけでも100億ドルを超える大型案件が4件に上った1
- 世界的に消費者の現金利用は低下傾向にあり、モバイル決済企業の成長性が増大している
フィンテック企業の成長段階は?
現在、フィンテックの推定年間収益は6,750億ドルで世界の金融サービス業界の6%を占めるに過ぎません2 。さらに、消費者の破壊的技術採用について最近弊社が行った調査 によると、消費者がクレジットカードを少なくとも週1回使用した比率が84%だったのに対し、モバイルウォレットを使用した比率は11%にとどまっていました3 。このように現時点はフィンテックの普及率は依然として低いことから、フィンテック企業が伝統的金融サービス企業からシェアを奪う状況は当面継続し、フィンテック企業は今後10年程度は長期成長が続くと予想されます。フィンテックはまだ草創期にあり、多くのフィンテック企業は伝統的金融サービス企業を遥かに上回るペースで成長が続いています。これは、グローバル・X・フィンテックETF (FINX) の指標インデックスである、Indxx・グローバル・フィンテック・セマティック・インデックス (IFINXNT)を構成するフィンテック銘柄と金融セレクト・セクター・インデックス (IXMTR)の相対パフォーマンスにも表れています。
グローバル・X・フィンテックETF(FINX)が設定された2016年9月13日から2019年7月8日の期間でみると、Indxx・グローバル・フィンテック・セマティック・インデックスは金融セレクト・セクター・インデックスを49.59%アウトパフォームしています。また、2つのインデックスの重複率が0%、相関係数が0.572であることからも、新旧の金融企業間の関係性は弱いことが窺われます4。
こうしたアウトパフォーマンスはフィンテック・セクターで投機的バブルが生じていることを示している可能性もありますが、決算発表からは、テクノロジーを活用する金融企業は業績の質が高いことが明らかになっています。株主資本利益率(ROE)でみると、伝統的銀行が19%前後にとどまっているのに対し、デジタル技術を重視する銀行は、拡張性の高いハイテク・プラットフォームの貢献で27%前後の高水準になっています5。
増加傾向のM&A
IT分野の有力調査会社ガートナーは、最近の報告書の中でデジタル・トランスフォーメーションに伴い、2030年までに伝統的金融機関の80%が廃業に追い込まれる可能性があると指摘しています6 。大手金融サービス会社の多くは、フィンテック企業の攻勢に自衛するため迅速に対応し、フィンテック企業との提携もしくはフィンテック企業の買収に動いています。ある分析調査によると、金融機関の80%近くがフィンテック企業と何らかの提携関係を結んでいます7 。伝統的金融機関の多くはM&Aを選択し、プレミアムを支払ってもフィンテック企業の成長を取り込む戦略を遂行しています。そして、こうした動きが、フィンテック企業の株主の利益をもたらす結果となっています。
2018年以来、フィンテック関連のM&Aの活況が続いています。2019年だけでもM&A案件総額は970億ドルを上回り、うち100億ドルを超える大型案件が4件ありました8。目立った案件としては、ファイサーブ(Fiserv)によるファースト・データ(First Data Corp)の買収、グローバル・ペイメント(Global Payments)によるトータル・システム・サービシズ(Total System Services)の買収、フィデリティ・ナショナル・インフォメーション・サービシズ(Fidelity National Information Services)によるワールド・ペイ (Worldpay)の買収等が挙げられます。言うまでもなく、ベンチャーやPE投資会社も有力フィンテック企業への出資や買収を積極的に進めています。
フィンテック業界への投資やM&Aは、多くの要因が牽引して増加が続くと予想されます:
- 伝統的金融サービス企業の成長戦略においてM&Aは重要な要素の1つ-銀行は、巨大組織であるがゆえに自ずと自律的な成長が滞りがちであることを否応なく学んできました。JP モルガン・チェース のジェイミー・ダイモン最高経営責任者 (CEO)は最新の年次報告書の中で、「…米国を含め世界中に優秀な金融テクノロジー (フィンテック) 企業が多数存在する-テクノロジーは常に破壊の機会をもたらす。ただ、スクエア (Square)やペイパル (PayPal)が実現したことは、我々にもできたはずで、我々はそれをしなかったということだ。彼らは、顧客が直面する問題に目を向け、市場関連業務のSTP(ストレート・スルー・プロセッシング)を改善し、金融商品にデータと解析を追加するなど、機動的に対応した」とコメントしています9。こうした考えは、伝統的金融サービス業界で広く共有されており、大手金融サービス企業によるフィンテック企業への積極的な資本投下につながっています。
- 新たな顧客層を狙うフィンテック企業-フィンテック企業はそのテクノロジーにより、銀行口座を持たない(アンバンクド)層や非銀行サービスに依存する(アンダーバンクド)層のニーズに応えるソリューションの提供を実現しています。例えば、米国のスクエアやブラジルのパグセグロ(PagSeguro)といった企業は、中小零細規模の販売業者が、モバイル機器やコンピュータ機器に装着して決済処理やPOS管理を可能とするハードウェアを手頃な価格で提供しています。そのほか、無料の投資アプリやロボアドバイザーの登場で、口座残高の少ないユーザーも資産管理(ウェルスマネジメント)サービス利用が可能となっています。銀行は長年に渡って口座残高の少ない顧客を軽視してきたため、こうした市場の拡大を見落とし、彼らに対応した拡張性のあるサービスの構築を怠ってきました。伝統的金融機関が成長への新たな道筋を模索する中、銀行は買収対象としてアンダーバンク層の取り込みに成功しているフィンテック企業を模索していると思われます。
- 若い世代はより魅力的な金融商品とサービスを求め続ける-ミレニアル世代やZ世代は、ハイテク・プラットフォーム経由で提供される利便性の高い金融サービスを選ぶ傾向にあり、数分で口座を開設でき、ワンクリックでサービスにアクセスできる金融サービスを求めています。通常、こうした世代は、イノベーター理論で言う「イノベーター(革新的採用者)」もしくは「アーリーアダプター(初期採用者)」とみなされており、フィンテック企業の多くがその取り込みに成功しています。従って、こうした次世代顧客の獲得を希望する伝統的金融サービス会社は、フィンテック企業の買収によりこれを実現するかもしれません。
世界的に消費者の現金利用が低下
世界中で消費者の現金離れが進んだ結果、モバイル決済が急速に拡大しています。2018年のモバイル決済取引額は中国だけで41兆5,100億ドル10と、同国のGDPの3倍を上回る規模に達しました。消費者は、モバイル決済の利便性に加え、利用明細の入手しやすさや一部販売業者のポイント還元サービス等に魅力を感じていることが多いようです。
モバイル決済は早期から成長を遂げてきたものの、今後もまだ高成長が続く余地があります。例えば米国では販売業者や小売業者が、銀行が運営するオープンループ・カード・ネットワークに参加するには、高額の手数料の支払いが義務付けられています11。販売業者とカード保有者が100ドルの取引を行う場合、手数料を差し引くと、販売業者の取り分は平均97.30ドルになります12 。一方、中国ではアリペイ(Alipay)やウィーチャットペイ(WeChat Pay)等のアプリ利用によるモバイル決済では、販売業者の取り分は99.30元になっています13。
手数料が高くつくことから、収益性の向上のため、小売業者や販売業者は銀行やカード・ネットワークを迂回することを長年の目標としてきました。ペイパル、スクエア、ストライプ(Stripe)、イントゥイット(Intuit)といったフィンテック企業はグーグル、アップル、アマゾンと共同でフィンテックの政策提言団体として「Financial Innovation Now (FIN)」を結成しました。FINは、政策当局者やその他ステークホルダーと連携し、金融サービスに係る新しいテクノロジーや商品の成長と普及を促進すべく法規制面の取り組みに努めています14。
そのほか、スターバックスは独自のモバイルアプリによる支払いを導入、クレジットカードの利用の代替としています。このアプリを利用すれば、消費者は銀行口座やクレジットカードからモバイルウォレットに送金し、コーヒーや食品の支払いに充てることができます。この方法を採用すれば、販売業者はクレジットカードの取引額を減らし、結果的に手数料の支払いも抑えることができます。ただし、将来的には、主要顧客が現在のように銀行やカード・ネットワークではなく、消費者や販売業者になる中国の決済大手のビジネスモデルを目指しています15。
結論
ここ数年でフィンテックは飛躍的に進化しました。しかしながら、そのテクノロジーは多岐に渡り、普及率はまだ低い水準にとどまっていることからも、フィンテックが投資テーマとしてはまだ初期段階にあるといえます。M&Aは企業間のシナジー効果の実現や市場シェアの拡大に貢献しますが、最終的にフィンテックの長期成長の牽引役の中心となるのは、モバイル決済、エンタープライズ・ソフトウェア、P2Pレンディングの普及が全般的に進むことであると思われます。
私たちは、保有銘柄を分散し伝統的金融サービス関連の潜在的な破壊リスクを低減しつつ、ポートフォリオの金融セクター配分にフィンテックを補完することにより、ポートフォリオの成長特性を強化することができると考えています。
関連ETF
FINX:グローバル・X・フィンテックETFは、独自のモバイル・ソリューションやデジタル・ソリューションを通じ保険、投資、ファンド募集、サードパーティー・レンディングといった既存業界の転換を支援する様々なイノベーションを包含する金融技術の最先端をいく企業への投資を目指します。
脚注
- PWC, “Digital Banking Consumer Survey,” Jun 2018.
- JLL, “Branch Banks: Navigating a Sea of Industry Change,” 2017.
- IDC, “Worldwide Financial Services External and Internal IT Spending to Reach $500 Billion in 2021, According to IDC Financial Insights,” Jun 14, 2018.
- EY, “EY FinTech Adoption Index 2017,” 2017.
- Starbucks, “Factsheet: How to Pay at Starbucks,” as of Jun 15, 2018.
- The Atlantic, “the Uprising of the Global Middle Class,” Aug 25, 2017.
- Accenture, “Billion Reasons to Bank Inclusively,” 2015.
- 8. Global X Research. As of Jun 7, 2018. Holdings are subject to change.