経済活動の再開を後押しする破壊的創造をもたらす技術

この7月、私たちは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックの「自宅待機経済」フェーズを脱し、「再開に向かう経済」と呼ぶフェーズに入りました。これは、新型コロナの感染拡大を防止しながら経済正常化に向かう移行段階です。これ以降、多くの企業や学校が、多くの場合ソーシャルディスタンスや個人防護具(PPE)の装着を義務付ける新たなポリシーを導入した上で、慎重に顧客、従業員、学生を呼び戻し始めました。しかしながら、世界のトップクラスの医療従事者や政策立案者にとっては、再開には多くの不確定要素があり、感染再拡大のリスクは依然として高いという認識のままです。こうした不確実性の中、クラウドコンピューティング、ゲノミクス、モノのインターネット(IoT)、遠隔医療といった少数の画期的な技術が、柔軟性を維持しつつ安全性を促進する上で重要な役割を果たしています。最終的には、そのような技術が今回のグローバル危機の最終段階である「ニューノーマル経済」に進むための鍵となる可能性があります。

再開に向かう経済:2歩進んでは、1歩後退

広範な活動停止を伴う「自宅待機経済」と完全に再開した「ニューノーマル経済」という2つの両極端の間にあるこの「再開に向かう経済」は不確実な移行フェーズです。新型コロナワクチンが広く行きわたらない限り、今後も感染拡大は脅威となり続けるであろう一方、「自宅待機経済」の経済的および心理的被害によって、対面での学習と仕事の再開を求める圧力が高まっています。

政府関係者およびビジネスリーダーは現在段階的な経済再開を試みており、対面での接触を徐々に再開することで上記の相反する要請のバランスを取ろうとしています。これを支援するポリシーには、マスク着用の義務付け、屋外での食事の奨励(密な屋内を避ける)、オフィスの人数制限、学生の対面での授業や従業員の出勤を時差で行うことなどがあります。今後の状況に応じて、これらのポリシーが緩和されることも厳格化されることもあるでしょう。

こうした新たな感染拡大を防ぐための取組みにもかかわらず、最近でも結婚式、大学のキャンパス、ウォール街のトレーディングフロアなどで少数のクラスターが発生しています。こうしたウイルス感染が拡大しがちなイベントへの対応は慎重なものとなることが多く、従業員や学生は自宅待機となり、公共の場所での集会は更に制限されます。したがって、「再開に向かう経済」から「ニューノーマル経済」への道筋は一直線ではありません。この命にかかわるウイルスに私たちが対応し、そこから学習することで、ポリシーや社会規範は臨機応変に変化しています。

安全性と柔軟性を促進するテクノロジーが再開の鍵となる

脆弱な環境における舵取りには、以下の2つの重要な目標に基づいたアプローチが必要となります。1)従業員、学生、顧客をはじめとするステークホルダーの安全を最大化する。2)柔軟性と回復力を強化することにより将来的な感染拡大の事業および社会への影響を最小化する。当社は、これらの目標を達成する上で不可欠な役割を果たす複数のテーマ、すなわちクラウドコンピューティング、ゲノミクス、モノのインターネット、遠隔医療を特定しました。当社は、これらのテクノロジーを幅広く活用することで、今回のパンデミックを克服するための過程を加速させることができると考えています。

クラウドコンピューティング

クラウドコンピューティングは、インターネットを通じたアプリ、ファイルおよびデータへのアクセスを可能にするデジタルインフラを広く意味します。アクセス機能はかつてオンプレミスのデスクトップPCおよびサーバーに制限されていましたが、クラウドによってこうした情報は世界中の無数の接続されたデバイスからアクセス可能になりました。多くの企業は、過去10年の間に、既にITをクラウド型プラットフォームに移行し始めています。しかしながら、世界的な活動停止の中での事業継続の確保という要請により在宅勤務が脚光を浴び、「自宅待機経済」における不可欠な柱としてのクラウドコンピューティングの地位が固まりました。例えば、多くのサービス型産業ではクラウド型ソリューションの急速な導入が進み、多くのオフィスが閉鎖されたままでもパンデミック全体を通じて事業への影響は驚くほど限定的でした。従業員は、ビデオ会議を利用して顧客につながり、サーバーへのリモート接続を利用してデータやファイルにアクセスし、社内のチャットプラットフォームを利用して、チームメンバーとの連絡を行い、ブラウザベースの専用ソフトを利用して事業活動を管理しました。

経済再開の取組みによって在宅勤務トレンドの巻き戻しの可能性もありますが、雇用主と従業員の両方の選好は、このトレンドが将来も継続する可能性が高いことを示しています。企業サイドでは、多くの企業が、ワクチンが確保される前に労働者をオフィスに戻すリスクを取りたくないと単純に考えています。グーグル、アマゾン、ウーバーのような大手雇用主は、2021年まで従業員にオフィス勤務に戻ることを要求しないと発表しています。
Facebook、Twitter、Squareのような会社では、更に大きな根本的な変化が発生しており、従業員は無期限の在宅勤務を選択することができるようになっています。1 従業員にとっては、在宅勤務は柔軟性を高めるメリットがあります。最近の調査によれば、従業員の40%が週3日以上の在宅勤務を希望しているという重要な事実が判明しました。パンデミック以前はこの割合は14%に過ぎませんでした。2

再開の見通しは引き続き不透明であり、選好調査からは従業員がオフィスに戻ることをためらっていることが示されており、在宅勤務が長期トレンドとなる可能性が高まっています。そうだとすれば、クラウドコンピューティングエコシステム内のあらゆる会社がその恩恵を受けるでしょう。

ゲノミクス

ゲノミクスは、遺伝物質の順序、構造および機能に関する研究です。この研究により、診断法、治療法、病気やその他の苦痛に対する治療薬を開発する上での貴重な情報が得られます。過去20年間で、ヒトゲノム全体の配列探索に掛かるコストは99.9%下落し、大規模な遺伝子データを人口、生物および病原体別に収集することが可能となりました。3 しかしそれだけではありません。データが多くなるということは、その分析と応用の可能性も高まるということです。近年、ゲノミクスから生まれた何百もの医薬品や治療法が米国で治験段階に入りました。これらの多くは、癌や心臓、目、肺および肝臓に関係する様々な病気、また、まれな遺伝性疾患のような治療不可であった症状を改善できる可能性を秘めています。4

ゲノミクスのサブサイエンスは、発症時におけるパンデミックの影響を軽減するために必要不可欠であることが判明しました。先進的なゲノム配列探索および分析により、研究者は10日と掛からずCOVID-19を新しい病原体として識別できました。これにより診断法の迅速な開発が可能となり、これが今日の緩和戦略を支える情報を提供しています。これと比較して、2003年に発生したSARSの感染拡大においては、ゲノム配列探索に3カ月を要しました。先進的なゲノム配列探索の効果はこれにとどまらず、治療法やワクチンの開発の早期開始にゲノムデータが極めて有用な役割を果たしています。2020年9月29日現在、529個以上のCOVID-19治療法およびワクチンが開発中であり、その内35個が臨床試験段階にあります。治験のフェーズIIIにまで進んだ8つの候補のうち、一つがRNAベースのワクチンであることは注目に値します。この種のワクチンは、実際に病原体を注入することなく、ウイルスゲノムの一部を利用してヒトの免疫応答を誘発することを目的としています。5

有効なワクチンが開発され、広く行きわたり、摂取されるまでは、大規模な検査と診断が引き続き主要な緩和戦略として利用されるでしょう。この考え方は国レベルでの取組みには概ね当初から反映されていましたが、民間機関でもオフィス勤務の再開に向けて独自の検査手続を導入するところが増えています。例えば、メジャーリーグ・ベースボールでは、選手とスタッフの検査を2日ごとに行っています。同リーグでは、7月のシーズン開始以来140,000件以上の検査を実施しています。これによって個別チームに発生した複数の感染クラスターがリーグ全体での感染拡大につながることを阻止しています。6 このアプローチの成功に基づき、企業や大学も同様の検査ポリシーを導入して、学生、従業員および地域社会の保護を図る可能性が高いでしょう。こうした大規模検査の実施には、数十億とはいかないまでも、少なくとも数百万単位の検査が実施されるものと見込まれ、これにより、診断バリューチェーンへのエクスポージャーを有するゲノミクス企業やバイオテック企業が恩恵を受けるでしょう。

モノのインターネット

モノのインターネットとは、スマート家電、自動運転車、ウェアラブル、スマートファクトリー、次世代インフラを含むインターネットに接続された様々なデバイスを指し、その範囲は拡大し続けています。COVID-19のパンデミック前は、消費者のスマートデバイスへの選好が高まり、インターネット接続可能なテレビやスマホを補完する機能をもつ高度な時計の購入が増えていました。しかしながら、パンデミックが拡大するにしたがって、テクノロジー企業は、症状の発見とソーシャルディスタンスの確保に、インターネットに接続されたデバイスを活用する可能性を認識しました。

Apple WatchやFitbitのような人気のあるウェアラブルなヘルストラッカーは、ユーザーの心拍数や血中酸素のデータを継続的に収集することができます。研究者たちは、こうしたデータを数千人の被験者から収集することで、COVID-19に起因する人口全体の健康パターンを発見することができるとの仮説を立てています。また、10万人が参加したFitbitの予備調査結果によって、こうしたデータの信用度が高まっています。検査で陽性となったケースの50%で、Fitbitのデータは、被験者が症状に気付く1日前にCOVID-19の感染を検知しました。7 この研究はウェアラブルが感染の早期発見に役立つ可能性を示唆しており、したがって、ウイルスの感染拡大を防止するための正式な検査または隔離措置を推奨することができます。

ウェアラブル以外のその他のIoTデバイスもソーシャルディスタンスの確保や症状の発見に役立ちます。例えば、空港、学校およびその他の多くの人が集まるエリアでは、体温の高い人を発見するために体温モニターを設置するところが増えています。これらのデバイスはインターネットに接続されているため、データの送信や集中管理が可能となり、衛生当局は人口全体の健康状況を容易に把握できるようになります。さらに、近接センサーはソーシャルディスタンスが守られているかどうかを監視するために役立ちます。一方、至近距離通信チップは、感染者に遭遇した個人に警戒を呼び掛けるといった応用が考えられます。

ウェアラブルおよびその他のセンサー搭載デバイス以外にも、再開プロセスにおいて極めて有用となる可能性のあるインターネットに接続されたデバイスの応用例がいくつかあります。例えば、ソーシャルディスタンスの確保や対面接触の限定に役立つドローンやロボット等です。

遠隔医療

遠隔医療は、インターネットを介して医師と患者をつなげるものであり、バーチャルでの診療および患者の健康状態の遠隔モニタリングを可能にします。COVID-19以前は、ステークホルダーの深く染み付いた慣行を打破することが困難であったため、これらのテクノロジーの導入事例は限定的でした。ところが、パンデミックが拡大すると、プロバイダー、患者、医療費支払者は遠隔医療のメリットをすぐに理解しました。ビデオ会議サービスとモバイルヘルスアプリを通じて医者とつながることにより、患者は、パンデミックに関連する対面診療の危険を回避することができるだけでなく、一回の訪問当たりの費用を19~121ドル削減することができます。8 2020年2月から4月までの間に遠隔医療の利用は30倍に急増し、関連する医療費の請求額も0.4%から13%に急上昇しました。9

今後の「再開に向かう経済」においても、遠隔医療は柔軟性と安全性というメリットを提供することで引き続き不可欠な役割を果たすと予想します。加えて、遠隔医療はヘルスケアにおけるデジタル化の一つの側面に過ぎません。医療制度が患者のアウトカム改善と効率性を追求する中でデジタル化の動きは幅広い分野で加速すると思われます。

ニューノーマルへの道

「再開に向かう経済」は7月頃から始まっているものの、ワクチンが未だに開発されておらず、世界中でCOVID-19の感染拡大がみられることから、この移行フェーズは長期的なものになることが示唆されます。ウイルスと戦うために導入された新たな規範およびポリシーは、経済および社会に適応を強制するとともに、今回のパンデミック以降も続く長期的な影響を及ぼす可能性があります。在宅勤務は従業員の標準的な選択肢となるかもしれません。また、建物や公共スペースにおけるIoTの導入は、標準的な衛生およびセキュリティ活動の一部となるでしょう。頻繁な診断と遠隔医療は、医療およびヘルスケアにおけるデフォルトのアプローチとなる可能性があります。また、今後世界は回復することになると考えられますが、過去の「コロナ以前の経済」に戻ることはありません。こうした恒久的な変化と混乱は、当社がCOVID-19パンデミックからの回復の次のフェーズを「ニューノーマル経済」と呼ぶ所以です。「自宅待機経済」を可能にし、「再開に向かう経済」を促進し、「ニューノーマル経済」の顕著な特徴となる可能性のあるテーマとテクノロジーの多くは、私たちの今後の生活において非常に大切な役目を果たすでしょう。