クリーンテクノロジー:決め手は「規模の経済」

最近、なぜ潮力発電は広まらないのか、という質問を受けました。潮力発電は、定時に発生する潮の満ち引きによって海中の発電機を動かし、発電を行うものです。潮の満ち引きは確実に予測できることから、潮力発電は風力発電や太陽光発電よりも安定したクリーンパワーの担い手になる、つまり世界が脱炭素型発電中心に移行するに当たって、再生可能エネルギーミックスの重要な部分になり得ます。

潮力発電が風力や太陽光に比べて普及が遅れているのにはいくつかの理由がありますが、その中心にあるのは、ゲームチェンジャーとなり得るクリーンテクノロジー全体に共通している問題、即ち「現時点ではコストが高すぎる」という点です。風力発電や太陽光発電の推定均等化発電原価は、1メガワット時当たりそれぞれ26ドルと29ドルです。一方、潮力発電の場合は、1メガワット時当たり130~280ドルとされています。1,2 。ヒートポンプ発電や二酸化炭素除去装置といった、将来有望ながらまだ初期段階にある他のクリーンテクノロジーについても、同様の問題があります。

「規模の経済」によるコスト低減

一般的に、ハードウェア中心のテクノロジーにおいて、経済的に採算がとれるようになるためには、規模の拡大が必要となります。生産量が増えると、企業は購買力を獲得し、仕入価格の引下げ交渉もできるようになります。単位当たりの原価率が下がれば事業に係る諸経費も下がります。そして最も重要なこととしては、経験曲線効果により、生産過程が改善し、余計な時間や経費が削減されることになります。このような「規模の経済」がコスト低下につながるという現象は、既に「ライトの法則」で明らかになっています。この法則は、「ある製品の生産量が倍増するにつれ、その生産にかかるコストが一定量ずつ減少する」というものです。これを数式で表すと、Y=Axbとなります。ここではYは最新の1単位を生産するためのコスト、Aは最初の1単位を生産するためのコスト、xは累積生産単位数、bは定数で、習熟度曲線の傾きを表します。3

ここ10年間で、風力タービン、太陽光パネル、リチウムイオン電池の生産量が大幅に増加したことにより、これらのテクノロジーのコストが奇跡的なまでに低下しました。2010年から2020年までの間に、風力による発電容量はほぼ4倍、太陽光の場合は17.5倍、リチウムイオン電池は22倍になりました。4,5 これらのテクノロジーの急速な拡大に伴い、コストは65~90%低下しています。

出典:Global X ETFs、ブルームバーグNEF、ラザード。リチウムイオン電池は、容量加平均電池パック原価に基づいて測定。太陽光(PV)と風力は、平均均等化発電原価に基づいて測定。

規模を拡大するには: 補助金、規制、優遇措置、新経済モデル、イノベーター

今後見込みのある新たなクリーンテクノロジーを採算のとれるものにするためには、規模の拡大に成功することが重要です。しかし、規模の話は昔ながらの「タマゴとニワトリ」の問題です。一般的に、多くの人々は高い品物を買おうとしませんが、多くの人々が買わなければ、その品物は高くなる一方です。では、どうやってこの問題を克服して、規模を獲得できるのでしょうか。特に、潮力発電のように、最終生産物(電力)が大いに商品化されている分野で、どうすれば規模が拡大できるのでしょうか。以下に述べる5つの手法が、よく使われています。

補助金と課税の活用: 2つの競合する商品の経済上の格差を縮小させるために、よく使われてきた効果的な方法は、政府が補助金や税を導入することです。例えば、政府がより労働コストの安い外国との競争から自国の農民を保護したいと考える場合、取り得る手法は輸入関税をかけるか自国の収穫に対して補助金を出すかです。クリーンテクノロジーをサポートする場合も同じです。つまり、二酸化炭素に対して課税し、再生可能エネルギーに対して補助金を出す、ということです。補助金にはいくつかの形態があります。研究開発費を補助する研究助成金、大口顧客や販売価格を保証する購入契約、消費者や事業者に対する税額控除、資本コストを下げるための政府保証付低金利融資などです。バイデン政権は、大統領就任から数か月の間に、これらいくつかの提案を行っています。大統領は、電気自動車(EV)購入者に対する税額控除を1台当たり最大7,500ドルに引き上げることを求めており、連邦政府機関に対して官用車を全てEVに変えるよう指示しました。これは65万台のEV購入を確約したのと同じことです。6 もう一つの方法としては、石油・ガス・火力発電などCO2 排出量の多い業者に炭素税を賦課することによって、経済上の格差を縮小し、再生可能エネルギーへの転換を促進することもできます。

規制の導入: 規制が補助金や税金と異なるのは、直接的に経済のバランスを直接調整するのではなく、企業や消費者に対して特定の方法で行動することを強制する点です。1999年に、当時のテキサス州知事だったジョージ・W・ブッシュ氏は、RP法案(Renewables Portfolio Standard)に署名し、2009年までに同州の電力会社が再生可能エネルギーを2,000メガワット発電するよう義務付けました。7

法案署名から20年以上経ったいま、テキサス州は風力発電における世界的なリーダーとなり、風力発電は今や同州の一部の地方において、最も低コストの発電方法となっています。同様に、カリフォルニア州では2020年に太陽光発電の義務化が導入され、州内の新築住宅に対し、その住宅の予想エネルギー消費量に相当する電力を自家発電するソーラーパネルの設置が義務付けられました。上記2つの規制は、いずれも再生可能エネルギーの導入を加速させるのに役立ちました。自由市場の原理に任せていたのでは、ここまではできなかったでしょう。

地域特性に応じた優遇措置: 均等化発電原価の数値は、異なる電力源の経済性を単純化しすぎてしまうことがよくあります。実際には、クリーンテクノロジーに関するプロジェクトの費用対効果分析の結果は、地域によって大きく異なる場合があります。例えば日本では、化石燃料のほぼ100%を海外からの輸入に依存しており、石炭やガスによる発電所の稼働にかかるコストが極めて高くなります。同時に、利用できる国土面積も限られていることから、太陽光発電や風力発電の大規模プロジェクトを行うとすれば、そのコストは世界でも有数の高さとなります。従って、日本が2050年までにカーボンニュートラルの目標を達成するためには、海上風力発電や、或いは潮力発電がカギとなってきます。一方でネバダ州のような地域では、地価も安く日照量も豊富なことから、当然太陽光発電の方がより良い選択肢になります。ここでのポイントは、単純に経済的なメリットが最も高いプロジェクトを優先するということです。ある地域で経済的に絶望的なプロジェクトでも、別の地域では実現可能ということもあります。戦略的に最良のプロジェクトを優先することによって、まずは一定の規模を確保し、ゆくゆくはコストを下げることも可能になります。

経済枠組みの再編: 新たに天然ガスの火力発電所を建てるにしても、または風力発電所を建てるにしても、その建設コストの基本的な分析は、「初期建設コスト+その後の事業コスト(燃料費、メンテナンス費、資本コスト等)」対「将来の売電収入から得られる予測キャッシュフロー」の比較ということになります。但し、もう少し繊細な分析を行うならば、そこに社会的・環境的な費用対効果の分析が加わることになります。その発電所は近接する大都市の空気を汚染して、潜在的な健康リスクを作り出してはいないか? その発電所はどのぐらいの雇用を生み出すのか? その地域の水源や自然生息地へのリスクはあるか? 炭素排出のコストをより総合的に分析すると、クリーンエネルギーのソリューションはより危険度の高い競合相手との差を縮めることが多くあります。例えば、ある研究によると、火力発電は米国内で健康面、経済面、環境面において5,000億ドルのマイナス効果を生むと試算されています。8

イノベーターの獲得: ここまで見てきた「経済規模の達成」方法は主に政策に着目したものでしたが、政府主導に頼らない方法もあります。「イノベーターの獲得」がその例です。「イノベーター」とは、新しい技術を受容曲線上で最も早く採用した人たちを指します。彼らは、テクノロジー愛好家であるがゆえに、商品がまだ高価で性能が十分に立証されていない、またはニッチな段階でも購入することが多くあります。イーロン・マスクは2008年に「テスラ・ロードスター」を新発売する際に、巧みにイノベーターをターゲットとしたマーケティング戦略を展開しました。おかげでテスラ社は当初必要とされる規模を獲得してEVの技術を開発し、後には一般大衆向けのEVモデルへも進出することになりました。新しい技術の場合、巧みなマーケティング戦略とユニークな特徴により、初期段階でイノベーターを惹きつけ、これによって当初から売上を伸ばすこともできます。発電においては、最終製品である電気は既に十分に商品化されているので、この手法による試みは困難です。それでも起業家たちは、太陽光発電用ができる屋根瓦、羽のない風力タービン、エネルギー価格の変動を調整するスマート電池など、イノベーターから注目を浴びるような巧みな方法を見つけ出しています。

結論

今世紀半ばまでにカーボンニュートラルを実現するという積極的な目標を達成するには、再生可能エネルギーの生産から、エネルギーの効率化、蓄電、炭素排出量削減・除去、電化に至るまで、各種クリーンエネルギーを迅速に導入する必要があります。 こういったテクノロジーは、最も初期の段階では高価にも思えるのですが、風力、太陽光、イオンリチウム電池などと同じ道筋をたどって、規模が拡大するにつれてコストが低下することになると思われます。問題は、この過程をどうやって早めていくか、ということです。政府、民間企業、そして一般消費者がそれぞれの立場で、様々な戦術を実行することによって、これらのテクノロジーができるだけ早く「規模の拡大」を実現できるよう貢献することができます。最終的には、より大きな規模を達成することが、これらの新しいテクノロジーが採算に合うものとなり、広く普及するための最大の要因となるのです。