チリのリチウム産業に関する最新情報:ボリッチ大統領の計画は国有化と呼べるものではない
チリのガブリエル・ボリッチ大統領は、リチウム産業の国有化計画を進める予定であることを4月20日に発表しました。この発表は、表面的には政府によるリチウム産業への統制強化を表しているように見え、同国事業者の動向や世界のリチウム産業に影響を与える可能性があるものと受け取れます。チリは2022年のリチウム生産量がオーストラリアに次ぐ世界第2位であり、リチウム埋蔵量も960万トンで世界第3位を誇っています1。しかし、大統領の法案は一般にいう国有化には程遠いものであり、同国のリチウム鉱山企業にとっての差し迫ったリスクにはならないとGlobal Xは考えています。
重要なポイント
- ボリッチ大統領はリチウムの国有化を大々的に発表しましたが、その枠組みが実施されたとしても、少なくとも短期的にはリチウム資産の全面的な国家管理には至らないと考えられます。
- 同国の主要な鉱山企業であるSQMとアルベマール(Albemarle)については概ね問題なく操業が続くとGlobal Xは考えています。
- 新たな規制が行われるとすれば、チリ産リチウムの新規契約については今後10年単位で見通しが難しくなりますが、世界市場に投入する生産物の増加を同国に促すことにつながる可能性もあります。
ボリッチ大統領の計画はリチウム企業の即時支配を求めるものではない
リチウム国有化は2021年の大統領選挙におけるボリッチ氏の重要な論点であり、先週の国民向け演説は市場にとって驚くことではなかったと考えられます。この法案は2023年後半にチリ議会を通過するとGlobal Xは予想していますが、修正が行われる可能性があります。ボリッチ氏の左派政党「ソーシャル・コンバージェンス」は議会で過半数を占めておらず、既にその点で大統領の法案には障害があります。また、政策を長期的に実施できるかどうかについても不透明な面があります。次回総選挙が2025年に迫っていることなどを考えると、チリ政府内部のバランスは今後数年で大きく変化する可能性があるといえます。政権交代が行われた場合、現在のリチウム戦略の継続に新政権が関心を示すかどうかは予想できません。
大統領の計画では、チリのリチウム事業を統括する「国営リチウム会社」の設立を想定しており、新規のリチウム契約については官民連携による締結が義務付けられるものと予想されます。大統領の演説で明らかになった内容のうち最も重要なものは、そのような官民共同事業体が締結する新規リチウム契約は国が51%以上を所有する必要があるということです2。
特に問題となるのは、チリ産リチウムの主要鉱山企業であり世界最大のリチウム鉱山企業であるSQMおよびアルベマールの契約ですが、それらは尊重されると予想されています3。SQMは2030年までの契約を有しており、アルベマールの契約は2043年に満了します4。ボリッチ大統領の立場が劇的に変化することがない限り、それらの2社は、契約期間中において政府所有となることを免れつつ事業を継続できると考えられます。大統領は、それらの鉱山業者との交渉により、ある程度の国家所有を既存契約に組み込みたいという意向を示しましたが、その実現には相互の合意が必要となるでしょう。
鉱山企業には新しい規制に対応する時間がある
SQMとアルベマールは、こうした政策の進展により事業の変更を将来余儀なくされる可能性が最も高い企業です。ただし、それらの2社は、現行契約の契約期間と独特のレバレッジポイントにより、関連のリスクからかなり隔離されているとGlobal Xは考えています。
SQMはチリに本社を置く企業で、主なリチウム生産プロジェクトはアタカマ塩原です。SQMの契約の期間を考えると、同社が政府関係者との合意に向けて協議を重ねる時間は十分にあるとGlobal Xは考えています。また、中国のリチウム鉱山企業である天斉リチウムがSQMの株式を約22%保有していることも重要な論点となります5。中国にとってチリはリチウム資源などに関する重要な貿易相手国であり、SQMとチリ政府との交渉が行われる際には、中国側の代表者が公平な結果を求めて参加する可能性が高いと考えられます。結局のところ、短期的に見ればSQMのキャッシュフローへの影響は比較的小さく、2030年以降に契約を更新する際には有利な条件が提示されるとGlobal Xは予想しています。
SQMは大統領演説後にコメントを発表し、政府が示した戦略を同社が分析中であること、および、新しい規制が「チリにおけるリチウム生産の拡大を推進する」ことを期待していると表明しました6。
アルベマールも同じくアタカマ塩原でのプロジェクトを運営しています。同社のラ・ネグラ事業所は、主にアタカマ塩原から生産物の供給を受けており、同社のリチウム転換能力の22~40%を占めています7。同社の契約は期間満了まで20年を残しているため、2043年以前の影響は軽微であると考えられます。アルベマールは、チリの新しいリチウム契約モデルが同社の事業に「重大な影響を与えない」こと、および同社の現行契約が尊重されると確信していることを明言しています8。
新しい政策は利益をもたらす可能性があるが多くの疑問が残る
見方によっては、強制的な政府所有が実現すれば、鉱山企業にとって、チリにおける今後のプロジェクトの魅力は縮小すると予想され、業界の成長の障壁となる可能性があります。アルゼンチンのリチウム生産量は2030年までにチリを上回ると予測されていますが、その大きな理由はチリ政府の規制が厳しいことにあります9。つまり、国の関与のあり方を見直せば、能力拡大の促進につながる可能性もあるということです。これまで、チリの企業が契約を締結する場合は、国のリチウム規制機関が環境悪化の緩和を目的として各企業への割当を行っていました。
リチウム資産の政府所有部分が増加した場合、それが誘因となって政府関係者が生産能力の増強を図ろうとするシナリオがあるのではないかとGlobal Xは考えています。
ボリッチ大統領が計画をどのように展開するつもりなのかについては、わかっていないことばかりです。例えば、リチウム鉱山企業が投資を行ったリチウム資産を国が取得した場合、その部分について国が補償を行うかどうかはまだ明確になっていません。また、強制的に組成する合弁事業のガバナンスについても具体的な内容は示されていません。国は合弁事業の相手方である鉱山会社を変更できるのでしょうか? また、合弁事業の持分の取得価格はどのように設定するのでしょうか?SQMまたはアルベマールの支配権に異動が生じた場合、所有構造が影響を受ける可能性はあるのでしょうか?
また、リチウムのバリューチェーンにおけるさまざまな階層を区別することも必要になります。新しい規制は、一見すると、未加工のリチウム精鉱の抽出を対象としたものであり、それらを電池グレードの資源に転換する転換プロセスは対象としていないように見受けられます。規制の対象がそのように定められれば、合弁事業に参加する鉱山企業は、リチウムを下流で自社に販売して精製を行うことが可能になることもありえます。このシナリオは有利な交換条件をもたらす可能性があるとGlobal Xは考えていますが、そのような状況に対応する規制が行われるかどうかを評価するのは時期尚早といえるでしょう。
結論:リチウム産業の「国有化」という表現は誇張である
チリ産リチウムへの市場参入は、電池や電気自動車の分野の成長にとって重要ですが、最近の動向は今後の道筋を複雑化する方向に進んでいます。しかし、チリがリチウム産業を全面的に国有化するという表現は、今回の規制について正しく伝えていないとGlobal Xは考えています。現在のところ、SQMやアルベマールなどの業界企業は、経営に対する大きな影響を受けずにボリッチ大統領の計画を消化できる望ましい状況にあると思われます。