暗号資産における分散投資のメリット
現代ポートフォリオ理論の中心的な考え方のひとつに「分散投資」という概念があります。投資家は、資産クラス内外のさまざまなリスク/リターン特性を持つ資産に資本を配分することで、想定されるリスク量に対してリターンのレベルの最大化を目指す効率的なポートフォリオを構築することができます。分散投資の実践は、伝統的な投資の世界においては一般的なことです。しかし、暗号資産への投資においてはあまり実践されていないのが実情です。個人投資家も機関投資家も、暗号資産のエクスポージャーを1つか2つの投資ポジションで保有することは珍しくなく、通常は時価総額で測定される2大資産であるビットコイン(BTC)とイーサー(ETH)になっています。
暗号の投資ポジションをより集中的に取る傾向は、一部に、親近性バイアスに起因すると見られます。暗号資産市場は移り変わりが速く、新しい暗号資産が頻繁に登場することから、投資家は有名な暗号資産への配分をより快適に感じている可能性があります。しかし、このアプローチでは、分散投資のメリットが見過ごされています。本稿では、暗号資産市場の投資家がポートフォリオ構築のために分散投資を検討すべき理由を探っていきたいと思います。
重要なポイント
- 目まぐるしく変化する暗号資産市場への投資という難題に直面した投資家は、自分が慣れ親しんだ資産に投資ポジションを集中させる傾向があります。これをしてしまうと、分散投資のメリットが見過ごされ、リスク調整後のリターンを最大化できない非効率なポートフォリオを作ってしまう危険性があります。
- 暗号資産は、相関が低~中程度で、リターンに大きなばらつきがある傾向があります。暗号資産への分散投資はポートフォリオのボラティリティ管理の一助となるほか、業界の普及トレンドや成長の可能性をより良く反映したエクスポージャーを提供する可能性があります。
- 暗号資産業界の形成とその持続的なイノベーションは、今後10年以上にわたって状況が大きく変化するであろうことと、分散戦略なしに勝者と敗者を選ぶことは難しくなる可能性を示唆しています。
ユニークな資産がひしめき合う暗号資産市場
暗号資産市場は一枚岩ではありません。世界の暗号資産市場は、まだ黎明期にあるにもかかわらず、2009年のビットコイン・ネットワークの立ち上げ以来、成長著しいマルチセクター・エコシステムに成長しました。過去10年間にわたるブロックチェーンインフラの継続的なイノベーションにより、業界は猛烈なスピードで進歩し、新しい分野やアプリケーションを生み出してきました。現時点で最も有名な暗号資産セクターには、スマートコントラクトネットワーク、分散型金融(DeFi)、オラクル、スケーリングおよびモジュール化インフラ、ファイル共有およびストレージインフラ、Web3コミュニティ、ゲーム、分散型ソーシャルメディア(DeSo)などが挙げられます。
これらの産業分類は、提供する製品の種類、収益源、事業活動の特徴などといったファンダメンタルファクターに基づいて、企業、組織、資産を区別するものです。伝統的産業と同様に、これらのセクターも普及のステージが異なり、それぞれ競争力が異なります。さらに、これらの分野は、数十(場合によっては数百)ものスタートアップ規模のプロジェクトやプロトコルによって支えられており、それぞれが運用上の特異性、独自のユースケース、さまざまなトークノミクス構造を持っています。
暗号資産市場の急速な変化と新たな局面の出現は、投資における分散アプローチの重要性を浮き彫りにしています。歴史に照らして考えると、10年後の暗号資産市場は今とは全く違う姿になっている可能性が非常に高いでしょう。特定の未来の姿に集中的に賭けるのではなく、投資可能な資金を暗号資産セクター全体に分散させることで、業界の成長トレンドやディスラプティブな可能性に対しより健全でバランスの取れたエクスポージャーを持つポートフォリオを構築することが可能です。さらに、このようなさまざまなセクターの資産に資本を配分することで、将来の勝者となる特定のユースケースやアプリケーションをポートフォリオマネジャーがアクティブに予測する必要性が低減される可能性があります。アーリーステージのベンチャーキャピタリストが、成功の可能性を高めるために新興企業に多くの小規模な投資を行うのと同じように、暗号資産の投資家も同じ原則から利益を得ることができるのです。
適度な相関関係が分散投資の効果を発揮
また、低~中程度の相関を持つ資産に分散して投資することにより、投資ポートフォリオのボラティリティを抑えることができる場合があります。相関とは、2つの変数が互いに相対的に動く度合いを-1~1の尺度で測定するものです。相関が-1であれば完全な負の相関となり、変数Aが1%上昇すれば、変数Bは1%下落することを意味します。同様に、相関が1であれば完全な正の相関を表し、2つの変数が完全に一致して動くことを意味します。最後に、相関が0であれば、2つの変数の間に関係はなく、変数Aが変化しても変数Bがどのように変化するかについて予測する力はないことを意味します。
相関関係の管理は適切な分散投資を行う上で非常に重要であり、単一のインプットやリスクに対するポートフォリオの感度を低減しポートフォリオのボラティリティを下げる一助となります。債券、株式、不動産、デジタル資産などの資産クラス間の相関は、比較的低水準となっています。なぜなら、これらの資産クラスは、地政学的な出来事、金融政策、市場サイクルの局面、投資家心理などといった数え切れないほどのインプットによって影響される市場環境によって、パフォーマンスが左右される傾向があるからです。さまざまな資産クラスへの分散投資により、他の資産クラスのパフォーマンス低下に対して相対的に強い資産クラスに依存することでポートフォリオのダウンサイドリスクを管理することが可能です。この関係は逆方向にも働き、ある資産クラスの非常に好調なパフォーマンスが、出遅れている資産クラスの相対的なアンダーパフォーマンスによってポートフォリオレベルで緩和される場合もあります。
通常は広範な資産クラスの相関関係よりも高いものの、特定の資産クラス内の中程度の相関関係にある資産に分散投資することによっても、ボラティリティを低減するメリットを得ることが可能です。以下の表は、暗号資産業界の最も有名なセクターのいくつかにまたがる12の主要暗号資産間の日次の価格相関を3年間にわたって分析したものです。BTCとETHは、観察対象のグループと時間枠の中で最も高い相関を示しています。これらは、時価総額で測定される2大暗号資産です。また、最も強力なネットワーク効果、最大級のユーザーベース、そして最大取引量を誇っています。そのため、これらの資産は多くの場合、暗号資産市場のセンチメントのバロメーターとして機能します。しかし、これらは完全な相関関係にあるわけではないので、この2つの資産だけをポートフォリオに組み入れることで分散投資の効果が得られる可能性があります。BTCとETH以外では相関は概ね0.4~0.7となり、中程度の相関があるとみなすことができます。つまり、これらの資産は同じ方向に動く傾向があるものの厳密に一致した動きをするわけではないということです。ボラティリティが高く、価格が大きく変動することで知られる資産クラスにおいて低~中程度の相関性を持つ資産に投資することで、ポートフォリオから期待されるリスク調整後リターンを大幅に向上させることが可能です。
リーダーのローテーションと変化が暗号資産市場の特徴
暗号資産市場における分散投資の潜在的なメリットを示すもうひとつの視点が、そのローテーションの性質です。同じ業界のトップクラスの資産のリターン特性の分析には、このローテーション行動がよく表れています。
以下の表は、2022年5月から2023年4月までの月次リターンを示したものです。この分析では、各資産の前月比リターンの変動が他の資産と比較して示されています。どの資産も、連続した月単位での相対的な強さや弱さのパターンを示すものはごくわずかです。さらに分析を絞り込むと、ある月の最強・最弱資産が翌月も最強・最弱資産として機能した例は、この期間には存在しません。
より長い期間のリターンを分析すると、同様の傾向があることがわかります。以下の表は、同じ資産プールの3年間の四半期ごとのリターンを分析したもので、イタリック体のデータポイントは90日未満の取引活動からなるパフォーマンス数値を示しています。トークンは多くの場合価格発見の初期にボラティリティが大きくなるため、分析に含まれているものの、これらのデータポイントに特に注目することは有用です。
月次リターンの表と同様に色が頻繁に変わるのは、個々の暗号資産が相対的に不安定なパフォーマンスを示す傾向を示しており、資本のローテーションによって市場のリーダーや出遅れ組が定期的に変化していることを示しています。高度に集中した暗号資産ポートフォリオがこうしたトレンドを先取りし市場と歩調を合わせるためには、高度な情報の非対称性と頻繁なリバランスがポートフォリオマネジャーに求められることになります。
このローテーション行動は、暗号資産間のリターンの大きなばらつきの要因にもなっています。この分散を簡単に説明すると、ある期間において最もパフォーマンスの良い資産と最もパフォーマンスの悪い資産の価格パフォーマンスのスプレッド(ここではリーダーと出遅れ組のスプレッドと呼びます)となります。月次リターン表のデータを用いると、リーダーと出遅れ組の平均スプレッドは過去12カ月で50.1%、2023年1月には115.1%と大きく広がり、2023年4月には19.7%と狭くなっていることがわかります。四半期リターンの分散は、これよりさらに大きくなっています。3年間で、四半期ごとのリーダーと出遅れ組の平均スプレッドは203.7%、最大スプレッドは2021年第1四半期の689.7%、最小スプレッドは2022年第2四半期の26.9%となっています。実際、このような極端な分散は、データセットから外れ値を取り除いたときにも持続しています。月次分析および四半期分析から、リーダーと出遅れ組の最大および最小スプレッドを除くと、平均スプレッドはそれぞれ46.6%および172.7%に低下します。
このように、確立されたセクターをリードする厳選された資産の間でさえ、パフォーマンスに大きな格差があるため、高度に集中したポートフォリオはより広い暗号資産市場のパフォーマンスを大幅に下回るリスクがあります。集中度の高いポートフォリオを保有することで、アンダーパフォームしている資産に過剰に配分し、ポートフォリオの大きなおもしとなる危険性があるのです。また、市場をアウトパフォームする資産のパフォーマンスを見逃してしまうリスクもあります。暗号資産市場におけるリーダーシップの不安定な性質と相まって、高度に集中されたポートフォリオは期待されるリターンのレベルに対して過剰なリスクを負う可能性があります。それよりも、暗号資産のバスケットに投資可能な資金を分散させることで、戦術的な資産配分の必要性を排除しつつ、暗号資産の普及動向や市場の動きに対する強い方向性のあるエクスポージャーのメリットを得ることができます。
分散投資でボラティリティを平準化し、ポートフォリオのリスク/リターン特性を改善する
デジタル資産業界はまだ黎明期にありますが、新しいユースケースが急ピッチで登場し、急速に進化しています。その結果、明日の勝者と敗者を選ぶことは難しく、資産クラス全体に分散投資することが強く求められています。変動するリターンを平準化し、ポートフォリオのリスク/リターン特性を改善する可能性があるため、1つか2つの最も大きく確立された暗号資産を超えて分散するケースが今後さらに増えるとGlobal Xは見ています。