変化の10年:2010年代におけるテクノロジー進歩と2020年代の展望

2010年代にテクノロジーは大きく進歩し、社会も激変しました。しかし、こうした変化の多くは日常生活にあまりにも早く浸透したため、それほど注目されることはなく、影響はほとんど忘れ去られています。次の10年である2020年代も、同じように急速かつ大規模な進歩が予想されます。ムーアの法則は、半導体の集積率が10年間で32倍に向上し、デジタル時代に魅力的なイノベーションをもたらし、テクノロジーだけでなく社会をも変化させるであろうことを示唆しています。本稿では、過去10年間におけるテクノロジーの進歩を振り返り、今後10年間に待ち構えている革新的な変化を予想します。

2010年代:破壊的な変化の10年

モバイル通信が3Gから4Gにアップグレード

  • 変化の内容: 3Gネットワークは、モバイルデバイスによる通話、テキストメッセージ、インターネット接続に新時代をもたらしました。4Gの通信速度は3Gネットワークの10倍で、ダウンロード速度は1.5 Mbpsから15 Mbpsに向上しました1。つまり、800 MBの動画をダウンロードするのに要する時間は、5時間から43秒に短縮されたのです。こうした技術の向上によって4Gはさまざまなモバイルアプリケーションの基本テクノロジーとなり、ユーザーはデスクトップから離れ、音楽や動画のストリーミング配信、インターネットサイトでの買い物、ソーシャルメディアの利用など、すべてを出先で行えるようになりました。
  • 恩恵を受けた業界: スマートフォンメーカー、ソーシャルメディア、eコマース、ストリーミング配信メディア
  • 数字でみる当時と現在: モバイルデバイスでの1日当たりオンライン利用時間は、2011年の32分から2019年には132分に増加しました。

ソーシャルメディアによって生活がオンライン化

  • 変化の内容: デスクトップコンピューターの時代には、ソーシャルメディアは過去にあった事柄の記録であり、つまりは事後にアップロードされた経験の集合でした。しかし、ソーシャルメディアがスマートフォンにシフトするにつれ、生活体験を即時に広めるものとなりました。こうしたプラットフォームを使用するのは、もはや個人だけでなく、企業や報道機関、政府も迅速なリアルタイムの情報伝達に利用しています。さまざまなタイプのコンテンツが融合する中、ソーシャルメディアは情報のワン・ストップ・ショップとなり、ユーザーの関心を集め、多くの時間を消費させることになりました。広告主はこれに注目し、ソーシャルメディアプラットフォームや検索エンジンへの資金の投入を続けました。2019年にはデジタル広告への支出額は、テレビやラジオなどの伝統的な広告メディアへの支出額を上回りました2
  • 恩恵を受けた業界: ソーシャルメディア、インターネット検索プラットフォーム
  • 数字でみる当時と現在: 全世界のソーシャルメディアユーザー数は、2010年の9億7,000万人から2020年には29億6,000万人に増加しました3

ゲノミクスと精密医療の始まり

  • 変化の内容: 精密医療は一般にオーダーメイド医療とも呼ばれ、患者の遺伝子情報を利用して、疾患に最適な治療オプションを決定したり、健康リスクを事前に特定したりできます。ゲノムシークエンシングのコストが急速に低下し、演算能力が向上し、バイオテクノロジー研究が進展する中、精密医療は単なるアイデアから現実へと変化しました。ゲノム編集でのCRISPR-Cas9アプローチなどの開発では、生体細胞のゲノムに対し正確で的を絞った変更を加えるために、効率的で信頼性の高い方法が新たに導入されました。このことは、健康に問題を引き起こすDNAの一部分を編集・除去することを意味します。2019年には、こうしたテクノロジーが鎌状赤血球などの血液疾患や、筋ジストロフィーなどのその他の遺伝子疾患の治療に有望であることが示されました。CRISPRテクノロジーによって、疾患を引き起こす遺伝子変異を最大89%修正できるようになるとも言われています5
  • 恩恵を受けた業界: バイオテクノロジー、遺伝子編集、遺伝子診断
  • 数字でみる当時と現在: 2012年にCRISPR-Cas9が発見されて以来、遺伝子編集テクノロジーは集中的な研究分野となっていますが、これはCas9について論じる医学誌の増加傾向でも明らかです。

電気自動車(EV)は内燃エンジン車に対抗できる段階に

  • 変化の内容: 技術的進歩によってパフォーマンスが向上し、バッテリーコストの低下で潜在的市場が拡大する中、電気自動車は高級車セグメントを中心に、内燃エンジン車にとって本当の脅威となり始めました。BloombergNEFの推定によると、リチウムイオンバッテリーの価格はこの10年で約90%低下しました6。従来、バッテリーはEVの総コストの50%超を占めていましたが、近年は30%近くまで低下しています。これによりEVは低価格での販売が可能になり、幅広く普及するに至っています7。現在、EVの製造コストは推定ベースで内燃エンジン車と同等に近い水準にまで低下しています。
  • 恩恵を受けた業界: リチウム採掘会社、バッテリーメーカー、EV OEMメーカー
  • 数字でみる当時と現在: 2010年当時、米国の道路を走っているEVはほとんどありませんでした。しかし2010年代の終わりには、100万台を超えるEVが路上を走るようになりました。

AIとビッグデータの急成長

  • 変化の内容: 決済、ソーシャルメディア閲覧、オンライン検索、アプリ利用はすべて、膨大なデジタルトレイルを残し、個々のユーザーごとにギガバイトに及ぶデータが生成されます。人工知能アルゴリズムの出現により、これらの膨大なデータセットを精査できるようになり、パターンを識別して指示を作成し、検索エンジンを最適化したり、個人に的を絞った広告を表示したり、リアルタイムで方向を示したりすることが可能になりました。データがさらに増加する中、AIは学習を続け、その能力を高め続けています。例えば、2018年に言語処理AIは読解力テストでスタンフォード大学のトップクラスの学生たちよりも優れた成績を収めました8
  • 恩恵を受けた業界: ソーシャルメディア、検索エンジン、eコマース
  • 数字でみる当時と現在: 2010年には、世界で2ゼタバイトのデータが生み出され、そのうち構造化フォーマットで利用可能なデータ(参照しやすいように整理・インデックス化されたデータ)はわずか9%でした。2019年までに年間データ量は41ゼタバイトに増加し、13%は構造化されるようになりました9

データストレージのクラウドへの移行

  • 変化の内容: 従来、企業や消費者はデータやソフトウェアをデスクトップのハードディスクにローカルで保存するか、オンサイトのサーバーに送信していました。しかし、データセットの複雑性が増し、ネットワーク接続が高速化したことで、インターネット上のデータ転送が迅速化し、オフプレミスの保存やウェブベースのソフトウェアプログラムがより望ましいものとなりました。例えば、クラウドベースの保存はデータ容量の拡大が容易でありながら、多種多様なデバイスとの柔軟性の高いリモートアクセスも可能になります。企業はクラウドコンピューティングによって、安全で効率的なデジタル環境を通じて、経理や人事などの重要なビジネス機能を果たすことができます。ソフトウェア業界も、物理的なCD-ROMからSaaS(サービスとしてのソフトウェア)事業モデルへと移行し、各社はそこでサブスクリプション収益を得るとともに、ソフトウェアのリアルタイムのアップデートやリモートアクセス、集中型データストレージも可能にしています。
  • 恩恵を受けた業界: SaaS(サービスとしてのソフトウェア)、PaaS(サービスとしてのプラットフォーム)、IaaS(サービスとしてのインフラストラクチャ)、データセンターREIT
  • 数字でみる当時と現在: 2010年にはデータの90%超がローカルサーバーに保存されていました。2019年までに、パブリッククラウドストレージがそのシェアの約30%を奪うと予想されていました。

 

2020年代の展望

5Gが新たなワイヤレスの標準に

5Gは単なる高速インターネット以上の意味を持っています。5Gによって家庭や都市、企業においてコネクテッドデバイスが大量に導入されます。これには農業、ヘルスケア、製造、インフラ関連などの企業が含まれます。これらの業界はデータを収集・分析するためにコネクテッドデバイスに依存しつつあり、これによってプロセスが効率的になり、ダウンタイムが短縮され、新たな製品や取り組みに注力する時間が増加します。

  • 関連リサーチ: How can 5G Accelerate the Internet of Things (IoT)?
  • 基盤テクノロジー: 4G
  • 要件: 資本、政府の支援策、高周波スペクトル
  • 恩恵を受けると思われる業界: コネクテッドデバイスメーカー、半導体企業、ネットワークプロバイダー。また、自動運転車、遠隔医療、拡張・仮想現実など5Gへの依存度の高いテクノロジー企業

クラウドからエッジコンピューティングへの移行

計算コストの継続的な低下とネットワークインフラや人工知能の性能向上が、エッジコンピューティング出現の重要な原動力となります。エッジコンピューティングにおいては、大規模なネットワークを経由してデータ伝送を行うことなく、データをローカルで処理します。一部のテクノロジーは瞬時のデータ解釈が必要であり、遅延時間の長いネットワークに頼ることはできません。例えば、自動運転車やロボット手術、ゲーム、スマートファクトリーは、ほぼ同時にデータを伝送する必要があります。エッジコンピューティングによって、初期段階で導入された5Gデバイスの遅延時間は25~35ミリ秒から5~10ミリ秒に短縮されます10。ある調査によると、エッジコンピューティングの経済効果は、2030年までに4兆1,000億ドルに達すると予想されています11

  • 関連リサーチ: Cloud Computing: The Digital Infrastructure Powering Today’s Businesses
  • 基盤テクノロジー: クラウドコンピューティング
  • 要件: ローカルデジタルインフラ、5Gの構築
  • 恩恵を受けると思われる業界: クラウドインフラ企業、IoTデバイスメーカー、AI開発企業、スマートファクトリー、ゲーム配信、自動運転車プラットフォーム、手術ロボット

交通手段は電気、自動、シェアリングへと変化

自動運転車および電気自動車のシェアリングサービスのコストは、2030年までに1マイル当たり0.35ドルと、パーソナルセダンを所有するコスト(1マイル当たり0.88ドル)の半分以下になると予想されています12。2030年までには、自動運転技術を備えた新型車が当たり前になると思われます。こうした変化により、自動運転中にハンドルから手を放すことが可能になったり、ドライバーのいないロボタクシーを利用することが可能になるでしょう。平均的な米国人の年間運転時間は18日間に相当し、年間休暇日数の平均(10日間)よりも長いことを踏まえると、自動運転車が生産性や余暇にもたらす恩恵は多大になる可能性があります。

  • 関連リサーチ: The Future of Transportation is Autonomous & Electric
  • 基盤テクノロジー: ライドシェアプラットフォーム、リチウムイオンバッテリー、コンピュータービジョン
  • 要件: 5Gの構築、レベル4およびレベル5の自動運転ソフトウェア、政策支援
  • 恩恵を受けると思われる業界: リチウム採掘会社、リチウムバッテリー製造業者、レーダー/ライダー製造会社、ライドシェアプラットフォーム、5GおよびAIのハードウェア

ロボット工学が新たな業界に進出

3Dビジョン性能の向上や正確に動かせるアームエンドツーリングの登場により、人工知能が発達し、繊細な動きが可能になりました。自動車製造セグメントは依然としてロボット工学の最大のエンドマーケットですが、ヘルスケアやホスピタリティなどの新興セグメントでも、手術や患者の検査、調理、ホテル客室への物品の配達が可能な機能性の高いスマートなロボットの恩恵を受けることができます。農業でもロボット工学が自動噴霧やモニタリング、収穫で革命をもたらし、コストを低減させるとともに、収穫量を増やします。ロボットを活用する業界は増え続け、世界全体での産業用ロボットの保有数は2030年までに2,000万台に達する見込みで、年平均成長率は24%に及びます13

  • 関連リサーチ: Drivers of Four Key Segments in Robotics and AI
  • 基盤テクノロジー: ファクトリーオートメーション
  • 要件: 高度なコンピュータービジョン、先端材料
  • 恩恵を受けると思われる業界: ロボットメーカー、AIチップ開発企業

オムニチャネルコマース:eコマースと実店舗の関係はゼロサムゲームではない

デジタルなショッピング体験と物理的なショッピング体験が一体になる中、eコマースと実店舗の境界線は曖昧になると思われます。拡張現実によって消費者は快適な自宅から衣服を試着し、注文できるようになる一方、面積を縮小した実店舗では独自の顧客体験、その場での購入、試着してからの購入などが可能になります。消費者行動を追跡し、それを元にデータセットを作成するIoT技術やAIの進歩とともに、小売店は消費者の行動をほぼ100%正確に予測できるようになる可能性があります。また、eコマースは中小企業に付加価値をもたらすものであり、地元以外にも商品を販売する媒体を提供し、世界中の消費者にアクセスする手段を与えると予想されます。

  • 関連リサーチ: E-commerce Growth Has Continued, but Unequally
  • 基盤テクノロジー: デジタル決済、ソーシャルメディア、eコマース
  • 要件: 拡張・仮想現実
  • 恩恵を受けると思われる業界: eコマースプラットフォーム、フィンテック、拡張現実

ヘルスケアのデジタル化:AI診断および遠隔医療

高齢化の進展でコストの低減、患者の転帰の改善、医師の労働時間の最適化への圧力が高まると考えられます。 ヘルスケアに革命的変化をもたらすと目される2つのテクノロジー、遠隔医療と人工知能を活用することにより、こうした課題の解決が可能になります。遠隔医療は、実際に通院することの代わりとなるものであり、患者は24時間、自宅や職場から診断や医療サービスを受けることができるため、利便性が向上します。現在、米国の遠隔医療の利用率は10%を下回っているものの、テクノロジーによってコストが低減し利便性が増せば、普及率は高まると思われます14。ヘルスケアのデジタル化が進むことで、AIの新たな利用も進むでしょう。遠隔医療におけるトリアージ用や基本的な医療助言用としてのAIチャットボットの使用に加え、AIによるリアルタイムのMRI読像といった最近の進展を見ると、他のヘルスケア分野での診断や治療も向上する可能性があります。

ゲノミクス:難病の治療が可能に

ゲノミクスの進歩によって、以前は不治と見られてきた一部疾患について、治療が可能になる最初の現実的な機会が訪れようとしています。科学者は、メンデル遺伝病として知られる、たった1つの遺伝子の変異によって引き起こされる5万以上の遺伝的疾患を特定しています。これらは遺伝子編集技術によって治療が可能になる最初の疾患となる可能性が高まっています15。医学界や科学界で遺伝子発現やタンパク質経路の理解が深まり、ゲノムシークエンシングのコスト低減も続いているため、試験で実証される遺伝子治療法の件数が大幅に増加すると予想されます。

  • 関連リサーチ: Genomics: The Next Great Leap in Health Care
  • 基盤テクノロジー: CRISPR-Cas 9
  • 要件: 支援助成金、高額治療の保険適用、ビッグデータ
  • 恩恵を受けると思われる業界: 遺伝子治療、遺伝子シークエンシング、遺伝子編集、バイオテクノロジー

結論

2010年代は驚異的なイノベーションが生まれた10年間でした。これを主導したのはモバイルへの移行とデータの増加であり、AIやeコマース、ソーシャルメディア、バイオテクノロジーの成長を加速化させました。2020年代は、データの遅延時間の短縮やAIアルゴリズムの改善が行われるため、さらなる根本的な変化が起こると思われます。こうした進歩によって自動運転車や対話型AI、大規模なIoT、拡張・仮想現実などの新たなテクノロジーの発展が可能になると考えられます。市場に新たなテクノロジーが導入されると、そのテクノロジーが経済を作り変えることから、我々の生活や職場、そして投資に至るまで、大きな影響を受けることになります。